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AIには絶対に書けない物語に挑む。(GM全記録)

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 いまのAIは、一文に多義性をふくむメタファーを盛りこむとか、多義的な意味の暗喩、両義的な語で伏線を貼る、ミスリードの誘導、伏線(布石)の積み上げで物語の世界を拡張させるとか、できるのだろうか? 
 そのプロット構築こそが、読者が物語を読んだときに、かんで味がでる醍醐味だ。それをAIにやられたらもう、小説家はお手上げ。商売は上がったりだ。


 キーッ。

 男は急ブレーキをかけた。ロードバイクは前方につんのめった。後ろのタイヤは太陽を隠した。

 やばいっ、このままだとひっくり返る。と思った男は、硬くにぎった右ブレーキをはなす。男の腰は宙に浮いた。腰は、どこの空間にも時間にも所属していない。そんな奇妙な感覚に陥った。そこから時間はみょうな速さですすんだ。倒立のようにあがった後輪は、ゆっくりと、地面の砂利を踏みつけて、バウンドして着地した。砂利のあぜに、渇いた土埃があがった。

 茶色の長い布のような影だった。イタチだ。それが目の前を横切ったのだ。九州ではサイクリングロードを走っていると、頭部の目の辺りが黒ずんだイタチの死骸が潰れているのをよく見かけた。みな車に跳ねられていた。

 男はサドルに尻をつけたまま両脚をハの字に広げて、そのままの格好であぜに立った。

 まわりは一円、田んぼ。風は無風だった。

 青く晴れた関東平野の空。高いところにうろこ雲がうっすら見える。その、関東平野の景色が、男の目前に広がる。

 この空の青色は九州にいたときの空の青とは、ちがう。別物だ。男は思う。

 男は目いっぱい、関東の新鮮な空気を吸いこんだ。

 大分の遠浅の海も良かったが。

 やはり田舎に帰ってみると、この青い空。この白い雲。この風。この臭い。これだ。これが、ぼくが生まれた場所なのだ。

 遼遠には、左手から、溶岩が黒く固まったごつごつとした陰翳の妙義山、雪をかぶった浅間山と榛名山、右手には実家から見える角度が変わった椀のような赤城山が見える。

 それから男は、ここはたしかに関東平野の土俵の真上だ。それをはっきりと感じることができた。

 男はいま日本列島のへそ。ど真中に立つ。

 はるか昔の群馬人が懐いた心持ちに同化したような感覚に、男はなった。

 男はパシャリと写メを撮った。絵手紙を趣味としている母に、あとで見せてやろう。

 ペダルを急いで漕いできた、頭に噴きだした汗が、アゴまで伝って、胸にしたたった。男は手にスマホをもったまま額の汗をぬぐう。

 男はやはり、さきの転倒は妙な出来事だと思った。

 男は出勤の道すがら、母と交わした会話の遅れを取り戻もどすべく農道から北関の高速の側道にでてペダルを強く踏みこんだ。防音林に覆われた高速道路側から、厚い壁がぶつかってき。それは一瞬で全身の骨が砕けちるような、圧倒的な衝撃だった。

 目覚めると、男は菜の花畑のなかで大の字になっていた。気を失っていた時間はほぼ経っていない。ロードバイクもスタンドが立ったままだった。

 あの体験はなんだったのだろう? 幽体離脱かな? 男は首をかしげた。

 背に、生温かい南風があたった。

 男が決めた到着時刻は十時だった。このままだと十分遅れだ。が、オクサンに言われた出勤時間は十時半。まだ二十分あった。

 スマホから音が聞こえる。

 男はスマホを見る。録音された音が再生されていた。

 男に電撃が走った。男は一瞬で事態を悟った。

 どういう理屈かはわからない。それはスマホに勝手に録音されていて、何かの拍子で、いま再生がされている。それも、録音されていたのはあの現場の一部始終だった。男は息をのんで再生に聞き入った。

 バンッ… キィー! ガチャ。ザッザッザ…。

「…じゅあんら」

「すーらま」

「ぶくなん!」

「ぶふいば」

「めいしーば」

「じぇんだ、じぇんだ。めいしー」

「に、びえぐあいを、や!」

「ぶぐあい、ぶぐあい」

「ぶくなん!」

「ぞうば! 」

「じぇんだま?」

「ぞうば! 」

「…」

「ぞうぞう! 」

「…ぶくなん! 」

「ぞう! 」

「てんあ!」

「ぞう、やぁ! 」

「しゃび」

「まーだ」

 ザッザッザッザ、バタン。

 ブロロロン…

 現場に男がふたりいるのがわかる。止まった車の排気音からするとハイエースのような車に乗っていて男を跳ねたとみられた。

「へい、ほんやくさん!」

 男はほんやくアプリを起動した。アプリのAIに、音源をインポートする。五秒ほど待つと、日本語に変換された音声がアウトプットされた。

 ぶつかる… はげしくタイヤが止まる! サイドドアがひらく。動物が道路を走ってくる…。

「跳ねたのか」

「死んだのか」

「まさかっ!」

「んなわけねえ」

「だいじょうぶだろ」

「ほんと、ほんと。ほんとうにだいじょうぶだって」

「おま、おれを責めんなよ」

「責めない、責めない」

「いや、絶対に責める!」

「行こう」

「ほんとうか?」

「行こうぜ!」

「…」

「行こういこう!」

「…お前はこの現場は離れるの、責めるだろのは、だから不可能だよ!」

「行くんだ!」

「天よ!」

「ここを離れるんだ!」

「クソッ」

「クソ喰らえだ」

 砂利の上を生き物が走っていく。ドアが勢いよく閉まる音。

 車は発車して、離れていく…

 中国語だった。アプリAIは、音声をテキストファイルにアップロードした。だが、男にとってそれはどうでもよいことだった。「ぶくなん」は中国語では「不可能(できない・動詞)」と日本語に訳される。その「ぶくなん」のくだりの文脈は多義的に解釈がとれる。その部分はいまのアプリAIには翻訳が高度だったようだ。男Aは男Bに「おれを責めるな!」と言っている。現場を立ち去ろうといそぐ男Bのいい加減な返答に対して男Aは「おまえはやっぱりおれを絶対に責めるだろ!(反語)」と「やっぱりこの現場は離れることはできない」の意味が重なっていた。

 それから間があった。男は驚くべき音声を耳にした。


「この道、五十メートルさきの十字路を、高崎方面へ右折です」


「バサッ」

 草木は激しくゆれる(鳥が飛び立つバサッだ。と男は確信する)。


「移動手段を、電車と徒歩に切り替えます。逆方向にむかって、そのまま三キロメートルをあるき、左へ曲がります」


「…記憶の一部を… 落っことし… みたいだ」

 人間の声がする。


「やはり… 記憶をどこかに落としている」


「どさっ」

 再生が途切れる直前だった。スマホの録音アプリには、菜の花畑にナニカが落っこちた物音が、はっきりと録音されていた。それは青空の虚空に描いた鉈で、自分の首を切り落とした音にちがいない。男の背筋は冷たくなった。

 男は録音アプリの画面をじっと見つめた。


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