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【小説】グレープフルーツムーン#4


 英理奈さんとの待ち合わせ場所へ向かう道中、オレは急に不安になってきた。もしかしてオレの知らない間にうちのバンドメンバーが彼女の番号を聞いていて待ち合わせ場所に行ったら全員いるドッキリとか、普通に彼女の友達も一緒にとか、最悪彼氏が一緒なのではと嫌な想像をあれこれ巡らせていたが、待ち合わせ場所では英理奈さんが一人でオレが来るのを待ってくれていた。

「すみません、遅くなって」

 オレに気付くと手に持っていたスマホをバッグに仕舞い、イヤホンを外しながら、

「大丈夫、私もついさっき着いたとこ」

 そう言ってとびっきりキレイな笑顔を見せてくれた。
 これからのひと時、この笑顔をオレは一人占め出来るのか…。

 万が一知り合いと鉢合わせしてしまうと面倒なのでライブの打ち上げや打ち合わせでよく行く居酒屋は避けた。
 以前打ち上げに一緒に行った時にも思ったが、彼女は結構飲める人だ。はじめは笑い方も話し方も大人しめだったが、アルコールが進むにつれ声も大きくなり、よく笑ってくれた。敬語はやめてと早々に言われたので気を使わずに喋れて話も盛り上がった。

「へぇ、バンドのメンバーみんな同じ大学なんだ。みんな同い年?」
「オレとベースの小原とドラムの湊は同い年、キーボードの斉藤とギターの長田は学年は一緒だけど歳は一個上。大学に入学してすぐに軽音サークル入ったんだけど、まわりはみんなコピーバンドばっかでオレは最初からオリジナルがやりたかったから合わなくなっちゃって、外でバンド組むからサークル辞めるって言ったら、じゃあ一緒にサークル辞めてバンドやろうって言ってくれたのが今のメンバー」

 〝おまえの曲と歌良いと思う″、あいつらがそう言ってくれたあの日をオレはきっと一生忘れない。 

「そうなんだ、いいね、そういう関係」
「バカばっかだけどね。まぁでも、あいつらと音出してる時が一番楽しいかな、今は」
「プロ、目指してるんだよね」
「あぁ、まぁ一応…」
「何でそんな自信無さげなの?」 
「まぁ、そりゃ自信無いわけじゃないけど、はやい奴らは10代とかでインディーズどころか、メジャーデビューしてる奴もいたりする中で、オレらはインディーズにも届いてなくて、年齢的にもやっぱり焦りとかはあるし、ライブしてもなかなか客も増えないし…」

 本音とはいえ、言ってて何か情け無いなオレ…。

「…誰かと比べても仕方ないって解ってても、何かと比べてみないと気付けない事もあるよね…。けどキミのバンドはライブのノリとか勢い重視するようなタイプのバンドじゃなくて、歌はもちろんだけど音色やアレンジとかにこだわり持ってやってるように見えるから、年齢はそんなに気にしなくても良い気がするけどな。歌が上手いとか演奏が上手いとか、そういう人は私の周りにもいっぱい居ていろんな人見てきたけど、オリジナルの曲を作れる人ってあんまり居なかったから、それだけでも凄いなって思う。何よりバンドは続けていく事が一番難しいと思うし、その点信頼できるメンバーと一緒にやれてるのは重要だと思うから、フロントマンがそんな弱気でどうするの、…なんて、何か私偉そうな事言ってるね」
「いや、その通りだと思う」

 知り合って間も無いが、英理奈さんは本当に良く見てくれていて、オレたちのバンドのこだわりを的確に理解してくれている。曲が良いとか声が好きとか、ライブが楽しいとか、そういう意見ももちろん本当に嬉しいし有難いけど、こんな風にやりたい事が伝わっているとわかると、やってきて良かったなと心から思える。それも他でもない、英理奈さんに伝わっているのが正直嬉しくて堪らない。

「そういえば昔、今でもよく行ってる楽器屋の店員さんにも同じ事言われたな、楽器もバンドも続けていくのが一番難しいって…、最初にそれ教えてもらったから覚悟してやれてるとこあるかな。まだ学生なのにギブソンに手ぇ出すくらいには…」
「…ギターは、なんで、レスポールにしたの?」
「あぁー、まぁ単純にレスポールに憧れてたのもあるんだけど、最初は初心者用のギター親に買ってもらって、ギター雑誌とか見てたらやっぱりギブソンとかフェンダーとか、本物見てみたくなって、中学生の時に一人で恐る恐るその楽器屋行ってみたの。で、さっき言った店員さんがすげぇ良い人で、行く度にいろいろ教えてくれて、たまたま持って来てた自分のギターも見せてくれて、それがギブソンのレスポールでさ、大事なギターなのにオレに少しだけ触らせてくれて、それが一番のきっかけかな、レスポールが良いって思ったのは」
「すごい良い話。その楽器屋さんで買ったんだ」
「うん、本当はその店員さんに選んで貰いたかったんだけど、オレが高校の時に突然辞めちゃって。でもその楽器屋には通い続けてたから大学3年の時、良いの入ったよって教えてもらって予定よりかなり予算オーバーだったんだけど、思い切って20回ローン、プラス親父にちょっと借りて…」
「そっか、出逢っちゃったんだね」 

 そう言って見せてくれた笑顔にドキッとする。
 音楽との出逢い、ギターとの出逢い、バンドメンバーとの出逢い、どれも大切で、ちょっとクサイ言い方をするならばどれも運命だと思っている。そして今、目の前にいる彼女との出逢いも、そうだと思いたい。そのためには、あまり積極的に聞きたい話ではなかったが、確認しておかなければいけない事があった。

「そういえば英理奈さん、今日って、何か予定があったんじゃ…」
「あー、うん…、彼氏のとこ行く予定だったんだけど、ドタキャンされちゃって…。なんかごめんね、急に誘って付き合わせちゃって」

 やっぱそうか。

「いや、オレは全然大丈夫、暇してたし」

 ドタキャンされて英理奈さんは可哀想だけど、オレとしてはラッキーだ。

「…あんまり上手く行ってないの?その、彼氏と…」

 これはもうただのオレの願望でしか無い。

「んー、そう言う訳じゃないんだけど、仕事忙しい人で、電車で2時間位かかるとこに住んでるから、なかなか会えなくてね」

 そう言って寂しそうに笑う。くそぅ、こんな顔させるなよ。顔も名前も知らない彼氏が憎たらしくて仕方がない。遠距離で簡単に会えないのによくドタキャンなんて出来るな。

「そうなんだ、寂しいね。オレで良かったらいつでも付き合うし…」 

 本音と建前の入り混じった台詞が自分で言ってて白々しい。けど彼女はちょっと嬉しそうだった。

「ありがとう。…彼、あんまり音楽に興味ない人だから、今日みたいな話出来るの久しぶりで私も楽しい」

 …その言葉を貰えただけでも今日のところは大満足だ。

 彼氏に会えない寂しさに付け込もうと思えば付け込めたのかもしれない。もしかしたら英理奈さんもそれを待っていたかもしれない。けど今はゆっくりでも確実に彼女の中でオレの存在を確立して行かないと。聞けばドタキャンされたのは今回が初めてではないらしい。そんな寂しい思いばかりさせている遠くの男より、近くにいる気の合うオレの方が絶対に有利だ。
 焦る必要は無い。
 そう思って、その日はそれで別れた。

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