見出し画像

空き缶2本分の荷

犯人の名を明かした推理小説を、
その事後を語る裁判の回想を、
私は捨てる。
本棚で埃に埋もれる恋愛を、
妖精に頼み込む厄介事を、
雪に閉ざされた山荘の暖炉のイメージで、
私は燃やす、あらゆる物を、
手錠を、首輪を、ダイヤの指輪を。
たったひとつ手の中に残る物、
それは空き缶2本分の荷。

要らない物を見つけるのはとても簡単。
銃に怯えたり、血を流すこともなく、
それは見つけられる。
馬で「トゥームストーン」まで駆けなくても、
ベッドの脇や、駅のホーム、
心に組み立てられた日常のセットの中で、
発見できる。そう、要らない物は、
ヒヤシンスの種よりも大きいはず。
難しいのは捨てることの方、
この空き缶2本分の荷を。

たった2本の荷の喪失を想像するだけで、
幽霊と暮らしてゆく気分になり、
しまっていたくなる、
脳みそを埋め尽くす金庫の中に。
血管を走る身分証の上に、
眠ることさえ遠ざける夜の奥に、
保管していたい、君に「異常」と嫌われても。
物静かな臓器が腐ったとしても、
私は必死にしがみつくだろう、
この空き缶2本分の荷に。

要る物だけに囲まれたビジネスパーソンが、
クールに語る成功の秘訣を、
私は妬んだりしない。
ジャスティン・ビーバーがどんな服を着ようが、
ディキンソンの描いた孤独は色褪せない。
エヴァ・グリーンとの甘く危険な一夜にも、
私は興奮できず、独りになりたくなる。
家で酔っ払い、ディキンソンを読む、
今の私が望む物とは、
空き缶2本分の荷だけ。

自分が理屈っぽく、孤独であることを、
また、この運命が不吉であることを、
私は認めよう。
私の悪癖はジョン・マクレーン。
ナカトミ・ビルで暴れる忌々しい鼠。
しぶとい奴で、すべての出口に罠を仕掛け、
爆破して回る、あらゆる物を、
神話を、哲学を、古代の王を。
たったひとつ私の元に残る物、
それは空き缶2本分の荷。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?