さくらい

さくらい

最近の記事

6.

←前話 思い出の賞味期限はいつまでなんだろう。 スーパーからの帰り道、ふとそんなことを考える。 ねぎやら豆腐やらをぱんぱんに詰め込んだエコバッグを手に歩く、家までの道。 あんなにぎらぎらと輝いていた太陽は、いつの間にかおとなしくなって、十月の午後はぽかぽかと暖かい。空は澄んでいて、のらねこが塀の上で溶けている。ねこはかわいい。おなかを撫でようとしたけれど、真っ黒なそいつは、にゃあごと鳴いて一目散に逃げていってしまう。 こんなに晴れ渡った日は、彼のことを思い出す。 思い

    • 4.

      ←前話 「いやー、舞浜くんは変わらないねえ」 夕日のように赤くてかてかした顔をくしゃくしゃにして、教頭先生は笑った。お酒の匂いがふわりと立ち上る。 先生の行きつけの居酒屋「いわし雲」は、路地裏にこじんまりと佇む店構えのせいかお客は僕らしかいない。まさに頑固親父という感じの無口で強面の店主が、何かを刻むトントンという音だけが店内に響いている、そんな店だった。 しかし、先生のおすすめだけあって、出てくる料理はとてもおいしくて、お酒がどんどん進んだ。僕はあまり飲めないのに、

      • 2.

        ←前話 あの子はいつもさみしそうな目をしている。 窓際の一番うしろの席で、その小さな手にはいつもの本。分厚い、桜色の表紙の本。彼女はどこかさみしいような、かなしいような目でそれを眺めている。僕はいつもそれを見つめている。 五月のやわらかな木漏れ日があの子の机の上踊っていた。休み時間の教室はひどく騒がしいはずなのに、彼女を見ていると何故だか何も聞こえなくなる。僕と彼女だけ、透明な箱の中にいるようだ。 ぶわっと春風が窓から入り込み、教室に巻き上がる。彼女の本のページをぱら