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男と女だけど

登場人物

相川陽菜(あいかわ ひな)・・・主人公

松尾大輔(まつお だいすけ)・・・陽菜の親友


 大輔は、私の親友だ。幼稚園の頃、大輔が近所に引っ越してきた。最初のうちは元気すぎる大輔がうるさいと思っていたけど、近所と言うこともあって仲良くしているうちに、いつの間にか男女の垣根を越えて親友になっていた。

「よう陽菜!!学校行こうぜ!」

「はいはい。今行くよ」

 新学期。おとといから高校生生活が始まった。別に二人で狙ったわけではないけど、同じ高校に通っている。クラスは違うけど、それでも登下校はほぼ一緒だ。クラスが一緒だろうがそうでなかろうが、そんなことはどうでもよかった。大輔と話しているときが1番自然体でいられた。

「陽菜のクラス、可愛い子いた?!」

「えー割と多いよ。大輔のとこにはいないの?」

「だよなぁ俺のクラスもやばいの!!」

 いちいち反応がでかいんだよな・・・。まあそれが大輔の良さでもあるんだけど。

 いつものように私は学校へ行き、そのまま自分のクラスで過ごしていた。昼休みは大輔はクラスの友達とカフェテリアで食べているらしく、教室にはいなかった。そして私も、クラスの友達と食べているから学校内で話すことは少なかった。
 午後の授業前にトイレに入っていると、ワイワイと女子の数人が洗面所に入ってきたようだった。クラスの陽キャ女子だろう。いわゆる一軍女子的な感じだ。別に出て行っても良かったのだろうが、私はその子たちが苦手だったので、出て行くのがどうも気まずくなった。

 しばらく陽キャ女子たちは誰がうざいだのキモいだのと、どうせ本人には言えないようなことをぐちぐち話していた。悪口の応酬である。女子特有のものではあるけど、第三者目線だとキモさしかないなぁ、と思ったときだった。

「てかさ、二組の松尾君、イケメンじゃない?めっちゃ面白いし!」

「それな?でもなんかよく一緒に女いない?」

「あー、うちのクラスの相川さんとかいう人でしょ」

 わ、私?嫌な予感が、と思っていたけど

「きも、狙ってんのかな」

「うざくない?普通に。普段そんな目立たないくせに」

「それな~。釣り合わないからやめなよ~って感じ」

「わかる~!!」

 と、女子たちは嗤っていた。下品で大きな笑い声に、めまいがしそうだ。

 はっきり言っておくが大輔と幼稚園の頃から一緒にはいるが、その中で恋愛感情など沸いたことがないし、今後も沸かない自信がある。確かにイケメンだとは思うけど、こんなうるさいやつが彼氏とか耳がどうにかなるし、何より私はずっと大好きな先輩がいる。その先輩には誰にも敵わないし、今後もその座が脅かされることもない。従って大輔には1ミリも恋愛感情はわかない。

 ずいぶん大輔に酷いことを思っているなとは思ったが、事実そうだし下心があるからとかそういう理由で一緒にいるわけではない。そう言ってやろうかとも思ったが、その後の私の悪口も聞いてしまった今出て行くのが本当に気まずくなってしまった。

 私がトイレにいることも知らずに、女子たちは盛り上がり続けた。そして、そのまま廊下から出て行ったようだった。どんだけ話すネタがあるんだよと思いつつ私はそっとトイレの個室のドアを開けた。

 廊下から、女子たちが

「えっ、松尾君・・・?」

 えっ、と思って廊下の方を見てみると、

「お前らの会話、全部こっちまで聞こえてたよ」

 と、大輔が低い声で言った。

「えっ、女子トイレの会話盗み聞きしてたのー?」

 と、その中の女子が面白おかしく声を上げたときだった。

「いや聞きたくなくてもお前らの声がでかすぎてめっちゃ聞こえてくるんだけど」

 大輔の表情がなんとなく見えるが、かなり怒っているようだった。

「陽菜の話、してたんだよね?あんまりいい話じゃなさそうだったけど」

  普段明るすぎるくらい明るい大輔だけど、正直ここまで怒っている姿は見た事がなかった。もちろんそれは知り合って数日の同級生たちも例外ではなかった。

「陽菜の悪口言っていいの俺だけだから、まじ」

  大輔は吐き捨てるように言うと、廊下をずんずんと歩いていった。

「ちょ、おい大輔!」

  大輔と一緒に歩いていた男子たちが大輔を追いかけていく。女子たちは呆気に取られたようにそれを見ていた。

 嫌だなあ。大輔がどういうつもりで言ったのかはわからないけど、今後目をつれられるには間違いない。どうやら私は平和な高校生活を送れないようだ。

 ため息をつきながら廊下に出る。案の定女子たちは私に気づき、

「あんた、本当に松尾くんのなんなのよ」

 そんなふうに聞かれる義理も正直ない。理不尽な女たちだ。悪口を言っていたのはそっちの方じゃないか。

「普通に幼馴染なだけ」

「親友?嘘でしょ、ほんとは好きとかじゃないの?」

「じゃあ大輔にも聞いてみてよ。同じように答えるはずだから」

 私が冷静にそう答えると、女子たちは「もうこんなやつほっとこ」みたいなノリで歩いていった。こっちも疲れるなあ、ほんと。


 午後の授業が終わり、帰りの支度をしているときだった。LINEが鳴る。見ると大輔からだった。

『マック寄って帰りたくね?』

『大輔1人で行けば?』

『えー無理。てか話したいことあるから強制な。じゃあ駅んとこのマックで✌️』

 強制と言われてしまったら行くしかない。部活もまだ始まってないし行く事にした。

 案の定駅のマックの二階で大輔はポテトを食べながらスマホをいじっていた。私はそこの席の向かいへ座り、

「来たよ」

「おーっ、陽菜!お疲れ〜」

 大輔は変わらない笑顔である。昼休みの時とは大違いだ。

「んで、話したいことって、何?」

「もう本題入っちゃう?!」

「普通に気になるし!」

「うーん、昼休みのことだけどさ」

 やっぱりか。

「うん」

「お前、聞いてたでしょ。悪口」

 気づかれているとは思わなくて私は飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。

「なんでわかったのよ」

「女子トイレからなんとなく覗いてる人がいるなって思ったら陽菜だった。普通にあいつらの会話も聞こえてたし、もしかしてお前全部聞いてたの?」

 今更ここで嘘をついても仕方がない。私は正直に言った。

「まあね。普通に出るタイミングもわかんなかったし」

「言ってやりゃよかったじゃん、キモいって」

「いや言いたいのは山々だけどさ、女子にも色々あんのよ」

 ふうん、と大輔は言うと、

「なんかやだ」

「やだ?」

「だって陽菜いいやつじゃん。道に迷ってる子いたら普通に道案内してるし、重そうな荷物持ってる婆さん見つけら荷物持ってあげるし、宿題だってうつさせてくれるし。そんな陽菜が悪口言われるの、普通に無理なんだよね」

 そんなふうに思われてるとは思わず、私は吹き出した。

「オイオイなんでそんな反応なんだよ」

「いや、なんか意外だったというか。私は大輔の親友であって、彼女じゃないし」

 うーん、と大輔はいい、

「でも、彼女じゃないにしてもさ」

「うん」

「俺は陽菜のこと大事だよ」

 大輔はそう言いながらまたポテトを食べる。私はその手をずっと見ることしかできなかった。

「俺さ、ここに引っ越す前、香港にいたんだよな。最初の頃はみんなが話してる言葉もわからないし、逆に俺が伝えたいことがうまく伝えられなくてもどかしかった。でも、陽菜が俺と仲良くしてくれたからこうして日本語もちゃんと話せるようになったし、みんなに馴染むこともできた。ほかにも友達はできたけど、やっぱそんな陽菜といる時が1番自然体だよ」

 大輔はここに来る前は香港にいたと聞いた。確かに当初は話している言葉がお互い分からず、おどおどすることが多かった。でも私は今よりは積極的に話せる性格だったため、仲良くなるのが早かったのだ。

 昔のことを思い出して感傷に浸っている時だった。

「それに彼女なんてなぁ。陽菜は確かに可愛いけど俺はもっと違う系統の顔が好き」

 不意の台詞がなんとも間抜けで、笑ってしまった。

「うるさいな。私だってあんたなんかよりよっぽど先輩の方が好きだっつうの。てかあんな啖呵切ってたんだから、私がいじめられたら責任とってよね」

「ははっ。任せろ任せろ。そもそも陽菜なら多分大丈夫だよ」

 何が大丈夫なんだろう。女子の怖さを舐めやがって。そうは思うものの、心はすごく暖かくて、穏やかだった。ちょうど今の春の陽気のような。


 男女の友情なんか成り立たない。そう語る人もいる。でも私はそうは思わない。きっとこれからもそれは変わらない。

 私と大輔がそれを証明しているから。

〈了〉

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