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夕闇の君

登場人物

里香・・・29歳。主人公。明るい。子供っぽい。

真智子・・・29歳。里香の親友。常に成績優秀で留学している。


 真智子は、誰が見ても「明るい子」だった。いつも笑顔を絶やさず、人の話を丁寧に聞き、そして笑わせてくれる。優しくて、こちらが辛いと思っても、それを喜びに変えてくれる子だった。私は彼女とは幼稚園からの仲で高校まで一緒だったが、真智子は一流の四年制大+アメリカに留学、そして私は専門学校を出て小さな会社に就職と、かなり違う進路をたどった。それでも、彼女との連絡は欠かさず、かなり密に連絡を取り合っていた。ほぼ毎日LINEはしていたし、年末や長期休みなどで帰国した際は必ず会っていた。

 しかし、ここ2週間、彼女からの連絡はない。LINEも電話も来ない。どうしたんだろう、そう思い私も「どうしたの?」と送ってみるも返事が来ない。本当にどうしたのかわからず、何か私がしたのかな、と思った矢先だった。

「明日、日本に帰るからどこかで会えない?」

 待ちわびた真智子からのLINE。私は嬉しくて、ちょうどその帰ってくる日が休みだったこともあって「会えるよ!」と、すぐに返信をした。


 空港についてしばらくすると、人混みの仲からすらっと背の高い女性が見えた。間違いない、真智子だ。

「真智子!」

 私はそうやって大きく手を振る。すると、真智子はすぐに私に気づいた。

「里香!」

 真智子はそう笑みを浮かべてこちらにやってくる。ずいぶんと頬がこけているが、ダイエットでもしたのだろうか。

「ねえ全然LINE来なかったじゃん!私なんかしたかなって焦ったんだけど!」

「あはっ。ごめんね、そろそろ卒論やんなきゃいけなくて大変だったの」

「卒論かぁ。しかも全部英語で書くんでしょ?」

「まあ英語圏の大学だからね」

「それだけでもすごいよ。私Helloしか言えないもん」

「里香英語苦手だもんね。洋楽は好きなくせに」

「う、うるさいなぁ!早くご飯行こ!」

 はいはい、と笑う真智子の表情に陰りがあるのに、そのときは気づけなかった。

 空港から少し離れたところのしゃぶしゃぶのお店に入った。真智子はずっと海外だから、基本的に2人で行くご飯屋さんは和食だ。

「肉だ肉だ!」

 私がそう言うと、

「はいはい、沢山食べようね」

 と、苦笑いをする。

 しばらく下らない話や、私の仕事での話をしていた。

「でさー。上司がね、この人の教育係はあなたなんだからちゃんと教えなさいっていったの!メモまで私取らせたのに!そこまで怒んなくて良いじゃんね!」

 と言いながら私が肉を食べていると、そうだねえ、と小さく真智子が言った。見ると表情が明るくなくて、さっきの真智子ではなかった。

「どうしたの?」

「う、ううん。なんでもないよ」

 そう笑う真智子。さすがに私は見逃せなかった。

「何かあったの?」

 私が箸を置いて、しっかりと真智子の目を見ていった。最初は真智子は目をそらしていたが、やがて私を見る。吸い込まれそうな瞳。まるで、中学生の頃部活帰りに真智子とみた夕闇のような色。

 真智子は、絞り出すように、

「里香」

「うん?」

「私たち、何があってもずっと友達だよね」

 真智子の言葉の意味がよくわからなかった。でも、ずっと私は友達だと思っていたし、親友だと思っていたから、

「当たり前じゃん。友達も親友も超えて真智子は私の家族だよ」

 しかし、真智子は辛そうに笑った。

 なぜ、そんな顔をするのだろう。真智子はそうは思ってないのだろうか。

 何でそんな顔をするの?そう聞こうとしたときだった。

「私も、里香が一番の親友だよ」

 そう言って、彼女は肉を食べる。

 その言葉になぜかしんみりとしてしまう。嬉しかった。もう高校も卒業して10年以上経つのに。真智子は会うたびに大人っぽくなっていって、たぶん向こうでも素敵な彼氏がいる。それに比べて私はいつまでも子供のままだ。どこかで真智子が遠くに行ってしまったような気がしていた。だからこそ、その言葉が嬉しかった。

「ほら、食べよ。里香の分まで食べちゃうよ?」

 真智子がそう言うと、

「ダメダメ!私も食べるんだから!!」

 と、慌てて私は箸を取った。

 帰り、私は真智子を車で家まで送り、そして別れた。

「明日買い物行こ?2連休なんだ実は」

 すると、彼女はしばらく考えたが、

「うん、行こうね」

 そう彼女は笑った。夜の街灯の下での笑顔は、本当にきれいだった。


 次の日。彼女にLINEを送っても、電話を送っても、何の連絡もない。1日待ったが何1つスマホが鳴らない。夕方さすがに心配になって、彼女の両親の元に電話をしてみた。

 ちょうど連絡しようとしていた、真智子が亡くなった、と言われた。部屋のクローゼットで首をつったらしい。

 机には遺書があった。

「意気揚々とアメリカに行きましたが待っていたのは周りとの差に打ちのめされる現実でした。そして、誰の子かもわからない子を妊娠しました。生みたくないけど、堕ろせないと言われました。日本に来ても私には堕胎費用はありません。こんなことでもう両親に迷惑をかけたくありません。お腹の子へ、子供を産むことすら放棄した私を許してください。お父さんお母さんへ、親不孝な私を許してください。そして、私を家族だと言った親友へ。どうか幸せになってください」

 何も気付けなかった。何も知らなかった。何も苦しんでいることを察知できなかった。私の中にいた真智子は、明るくて性格がよくて、友達が多かった。でも、本当は誰にも苦しみを打ち明けられない、繊細な人だったのだ。

 私は、いったい真智子の何を見ていたんだろう。30年近くも、私は彼女の虚像を愛していたのだろうか。そう思うと、悔しくて悔しくて、涙が止らない。

 たまらず家を出ると、空は大きな夕闇に包まれていた。昨日の真智子の瞳のような、美しい空。

「真智子」

 名前を呼べば、ひょっこりとでてくるんじゃないかとどこかで思った。しかし、私の声はむなしく空に消えていった。

 私は、あなたと幸せになると決めていたのに。

 私の人生には、あなたが必要なのに。

 そう思っても、苦しみに気づくことができなかった自分が憎くて仕方がない。そんな風に思っても、もう真智子は帰ってこない。

「真智子!」

 もし、時間が巻き戻ったら。どこかでやり直せるタイミングが合ったのなら。もし、またあなたに巡り会えるのなら。こんな憎い自分を捨ててでも、あなたを守るから。そして、あなたと2人で、幸せになるから。

 むなしく私の嗚咽が響く。地面にポタポタと私の涙が雨のように降る。

 夕闇は、そんな醜い私を無情にも包んでいった。

《了》

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