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4歩歩いた先にコーヒーがある 12


 お互い仕事が終わって家に帰って、ご飯もお風呂も済まして、寝るだけだけど少しだけダラダラしたいこの時間。でも、最近忙しくて疲れが溜まっているのか、私はソファに寝そべってうとうとしていた。

「菫、そんなところで寝てたら風邪ひいちゃうよ」

「うん…でもここが気持ちいいんだよね…」

 私はそう丸まりながら言う。そんな私をみて巡さんは、

「はは、猫みたいだ」

「もう今日ここで寝ちゃおうかなぁ」

「ダメだよ、ちゃんとベッドで寝な。ちょっと早いけど寝る支度しようか」

「いや、もうこのまま寝たいんだけど…」

「ダメだって。歯だって磨いてないでしょ。水だって飲んでない。朝起きたらすみれの口の中はカラカラで雑菌だらけだ」

「そんなん歯磨いてなくたって一緒やん…」

「全然違うって。さあ起きて」

「はいはい…」

 お父さんのような巡さんの言葉に飽き飽きしながら私は起きた。うちのお父さんみたいに口うるさい。まあ、全て私を気遣っての言葉だから邪険にしちゃいけないけれど。

「はい、洗面台はこっちね」

 私の背中を押しながら巡さん。

「わかってるって!」

 巡さんはケラケラ笑う。絶対面白がってるじゃん。

「歯ブラシ僕のと間違えちゃダメだよ」

「だからわかってるって!もー!」

 本当に面白がってるみたいでさっきからずっと笑っている。もう。まあそう言うところも可愛いんだけどさ…。

 歯磨きをしているうちに、なんだか洗面台の鏡が汚れているのに気が付いた。

「鏡拭いとくよ」

「眠いんじゃない?大丈夫?俺がやっとくけど」

「ううん、気になったからやっちゃう」

 と、私は鏡を拭き始めた。こう言うのは気になったらやらないと気が済まないタチなのである。

 ひとしきり拭いて綺麗になった。巡さんは見守っていてくれていたのかずっと後ろにいた。

「すごい、めっちゃ綺麗になったじゃん」

「まあね、私の手にかかればこんなものよ」

「ハハ。じゃあ俺も綺麗になった鏡の前で早速歯を磨こうかな」

「じゃあ私トイレ行って先にベッド行ってるね」

 そう言って私はトイレに入る。しかし、用を足した後今度は便器が妙に汚く見えた。朝も掃除していないわけではないが、なんだか汚く見える。タンクの上が埃が溜まっているようだ。

 またも気になってしまった私は、そこをふいた。便器は掃除していたのに、なぜそこの汚れに気付かなかったのだろう。明日はちゃんとここも掃除するぞ。そう思い私は便器全体も掃除しておいた。


 ベッドに潜り込んで、目を閉じる。さあこのまま寝るぞ。巡さんももうすぐ来るだろうけど、もうこのまま微睡んでいって、深い眠りの海へと行こう。明日へ思い残すことは何もない。

「………あれ」

 眠れない。どんなに目を閉じても、寝返りを打とうとも。疲れていたら体感三秒でスッと寝てしまうのに、一向に眠れない。

 巡さんがドアを開ける。私は慌てて寝ているふりをした。すぐに巡さんが布団に入ってくる。

 巡さんは全てわかっているようだった。

「菫、起きてるでしょ」

 最初黙っていようかと思っていたけど、私は巡さんの方に向き直り、

「うん…。いろいろ気になって掃除してたら起きちゃった」

 すると、巡さんは優しく微笑み、

「たくさん頑張って疲れたのに、いろんなところを気にかけてくれてありがとうね」

  と、私の頭をそっと撫でた。

「なんで寝る前にこんなに気になっちゃったんだろうね」

 苦笑いしながら私が言うと、

「そんな時もあるよ」

 と、優しい眼差しで私を見ながら言った。

「でも明日も仕事でしょ?俺が菫のことトントンしてあげようか?赤ちゃんみたいに」

「いやいいって!もう大人だし!」

 私がそういうと、巡さんはまた愛おしそうに笑った。

 巡さんにとっては、私のことはどこか子供っぽく見えるのかな。

 ふとそう思い、

「巡さんは、私が子供っぽく見えたりする?」

「え?」

「いや、なんか気になって」

 巡さんは、うーん、と少し考えてから

「確かに菫は少し幼く見える時もあるよ。でも、変につっけんどんしてなくて明るい雰囲気があって。そんな印象の方が強いかな。そんなふうに見られたとしても、それをひっくるめて君の魅力なんだからそこまで気に病まなくていいんじゃない?」

 そんなふうに言われると思わなくて、私は目を丸くした。こう言う時、もっと違うことを言うのかと思いきや、まさか最終的にはそれが自分の魅力だと言うなんて。

「そっか、もう寝るね」

「え?俺なんかまずいこと言った?」

「なんでもない!」

 私は巡さんにぐっと近寄って、胸に顔を埋めた。

「おやすみ!」

 すると、巡さんは優しく私を包み込んで、

「おやすみ、可愛いお姫様」

 胸が大きく弾む。私はそれを隠すように寝ているふりを貫いた。でもそれはやがてふりではなくなって、少しずつ夢の世界へ潜り込んでいった。

 優しく暖かいベールに包まれるように、私は眠りについた。

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