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レモンの花が咲いたら 3

3 玄



 中学の時にギターと出会い、高校でバンドを組んで、VOCALOIDを使いはじめて。専門学校を中退して本格的に「ロク」という名前で活動し始めた。

 俺は音楽と絵だけが取り柄の人間だ。話すのも得意じゃない。そもそも人付き合いも得意じゃない。面白い話の一つも出来ない。それ故に、周りは俺を白い目で見ていた。

 ただ、音楽をしているときだけは違った。才能がある、かっこいい。何度言われてきただろう。それで俺は天才なんだ、これで生きていこうって決めた、はずだった。

 今の俺には、どこからも光が射すことはなかった。地元の友人たちや家族の反対を押し切り、音楽の栄える街に出てきたのは良いものの、誰1人俺を見てくれる人がいない。ネットの世界で天才だ、凄い才能だ、と言われても、現実世界ではただの引きこもりだ。目が覚めれば夕方。たまに鳴る電話に出てもかすみがかる声がうるさく鳴るばかりで、自分の生きる世界は安っぽいジオラマのように小さく歪なんだと思えてしまう。

 先日、思い切って病院に行ったら、自閉症だと言われた。そして今うつ病にもなっているらしい。

 うつ病はうすうす勘付いていたが、自閉症には気付かなかった。でも、小さいころから俺は明らかに「普通」ではなかった。だからその答えが知れて腑に落ちてはいるけれど、それで明るくなれるかと言われれば、そうではない。

 それから定期的に近くの大病院に通うことになった。医者から言われることは常に同じなのだろうが、何を言っていたのかは分からなかった。後から思えば、遠くで喋っている会話を聞くようなものだったんだ。少なくとも俺には声が届いていなかったからだ。

 その日も通院で、診察が終わっても帰るのが億劫で、中庭のベンチに座っていたときだった。車いすに乗った、黒髪の少女が目に入った。

 年格好的には俺よりも年下だ。おそらく15,16くらいの。よく見れば、彼女の瞳は白かった。いや、白い膜が張られていると言った方が正しいのだろう。目の焦点は合わず、どこを見ているのか分からない。全盲なんだ。一目で分かった。ただ、何も見えていないはずなのに、まるで目の前に咲く花を愛でるように笑っている。朗らかな笑顔だ。木漏れ日のような、爽やかな笑顔。

 しばらくすると強い風が吹いてきて、彼女の膝に掛けられていた膝掛けが飛ばされてしまった。それを拾いに行って、しばらくすると・・・

 俺は彼女の「友達」として病室まで一緒に行くことになった。


 なぜこうなったのか、わからない。なぜ出会って10分も経ってない人間同士が友達になったのか。理解できない。

 彼女の主治医である水原先生は、また仕事に戻ると言って病室を出て行った。病室に俺と彼女だけが残される。

 女性と同じ部屋に2人って、いつぶりだろう。そもそも、先生以外の人間と時間を共有することすら久しぶりだ。

 俺は、黙っている彼女に

「えっと・・・・・・・・・小野、さん」

「ごめんなさい。友達だって勝手に言ってしまって」

 小野さんは、悲しそうな顔で言った。

「勝手に友達なんていってごめんなさい」

「いや、それは・・・・・・・・・別に、大丈夫ですけど・・・」

 内心は恐ろしく驚いていたが、とてもそんなことは言えない。かといって全然大丈夫ですよなんてことも言えない。気が使えないな、俺。

 小野さんは下を向き、

「私、学校とかほとんど行ってないんです。院内学級に行ってたけど、そこにいた子たちも死んじゃったりして。友達がいないんです。だから、どうしても友達が欲しくて・・・」

 そのとき俺は気がついた。

 この子には目にだけじゃない。この子と世界の間に剥がれない膜があるんだ。何度も何度も剥がそうとしても、ダメだったのだろう。

 でも、俺も友達は少ない。20年以上生きていても友達など5人の指にも満たない。だいたい、俺は「普通」じゃない。なじむことすら困難なのに。

 そんな俺が、この子と友達になっても良いのだろうか。

「俺も、友達いないから・・・」

 ぽつりと呟くと、彼女は顔を上げて、俺の方を見た。

「じゃあ・・・・・・・・・。私が、屋敷さんの友達になっても、いい、ですか?」

 淡い雪のような、幻想的な瞳が俺に向けられる。もう目が離せない。

 考えるよりも早く俺は、

「俺なんかで、良いのなら」

 すると、彼女は表情を緩めた。

「むしろなってほしいです!」

 そう笑う彼女が眩しくてたまらなかった。

 こんなにも笑顔が眩しいと思ったのは、いつぶりだろう。


 本当に素敵な子だ。


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