4歩歩いた先にコーヒーがある 6(上)
あと五分もしないで定時だ。金曜日だし、今日はできれば定時に上がりたいな・・・。
「ねえ菫ちゃん、この後予定ある?」
静香先輩が私に言った。いつもなら「ないです!」と答えるけど、
「すみません、今日は予定があって・・・・・・・・・」
「あら、そうなの?」
「はい、ほんとに、すみません」
「大丈夫よ。予定があるなら、いまやってるその入力も明日で良いわよ。そこまで急ぎのものではないから」
「ほんとですか?!」
「その代わり明日には終わらせるのよ」
静香先輩はそう笑う。本当に素敵な上司だなぁ。
「もちろんです!」
私は帰り支度を始めた。
私は軽い足取りで歩く。いつもは車通勤だけど、今日は私は車では来ていない。
職場を出ると、近くに車が止まっていた。黒いスポーツカーみたいな車。私はその車のドアをこんこんと叩く。すると、運転手は私の方を見て、車を降りた。
「お疲れ様。菫」
巡さんがそう言ってにこっと笑う。
巡さんは基本的には平日に休むことが多い。私は基本的に平日は仕事なので、たまにこうして送り迎えをしてくれるのだ。
「ありがとう。お迎えもありがとうね」
「いや、俺がやりたいからやってるだけだよ。さあ、乗って」
巡さんは助手席のドアを開けて、私に乗るように促した。
こんなの、お姫様みたい・・・。
普段は普通に「乗って!」と言って颯爽と運転席に乗るだけなのに。今日はどうしたんだろう。
「あ、ありがとう」
ぎこちなく私がそうやって言うと、巡さんはと笑い、
「不思議そうな顔をしてるね」
「えっ?い、いや、そ、そうかな?」
ごまかしてみたけど、うまくできなかった。それくらい正直不思議である。家に帰るだけなのに。
と、思っていたけれど、巡さんは車を家とは逆方向へ動かした。
「あれ、どこいくの?帰るんじゃないの?」
「ちょっと行きたいところあって。菫が疲れてるなら帰るよ?」
「いや、全然それは大丈夫だけど」
「よかった。それならこのまま行くね」
そうやって巡さんはきれいにハンドルをさばいていた。
巡さんの車の運転は本当にかっこいい。バックもスムーズだし、狭い道でも涼しい顔で通ってしまう。割と大きい車でも駐車を一発で決めてしまうのもすごい。私も車は運転するが大きい車だろうが軽自動車だろうがバックは苦手で、幅寄せしないとうまく駐車できない。
しばらくして巡さんは車を停めた。そこは洋服屋さんだった。それも女性ものの。どういうこと?と思っていると、
「君に服を買いたいんだ。一緒に中に入ろう」
えっ?!となったが巡さんはずんずん店の中に入っていった。私も慌てて店に入る。
「いらっしゃいませ」
すごくきれいな店員さんだ。ていうかみんなすごくきれい。お店自体もフェミニンっぽくて、いつもの私では到底着ないような清楚な服ばかりだ。
「彼女に似合う洋服を」
巡さんはそう店員さんに言った。店員さんは、「かしこまりました」というと、私を店の奥へ連れて行った。
「えっ?何がどうなってるの?」
「いいから。たまにはこういうのも良いでしょ?」
よくわからない。何を企んでいるんだろう、巡さん。
店員さんにされるがまま、私は店の奥へとやってきた。店員さんは私に似合うと言って、黒いレースのワンピースを持ってきた。花柄の刺繍が施された、めちゃくちゃ大人っぽいやつ。
「え?これ私が着るんですか?」
「はい。とてもよくお似合いだと思いますよ」
絶対変なおべんちゃら言ってるやん、と思いながらも着てみると、思いの外似合っていた。私ってこんなかわいかったっけ?と思うくらいである。
「ほら、とてもかわいいですよ!」
店員さんも誇らしいようでにこにこしていた。そして割と高めのヒールの靴と、パールが施された大ぶりのピアスを勧められた。ヒールも最近履いていなかった。
さらには鏡の前に座らされて、化粧まで。
「えっ、えっ?」
戸惑う私に、店員さんは
「ふふふ。この後楽しんでくださいね」
え、待って。本当に何?怖いってなんか。
メイクを終えて私たちは店の入り口に戻る。すると、さっきまでパーカーを着ていた巡さんがワイシャツにジャケットという紳士的な格好をしている。
「お待たせいたしました。お会計はこちらで」
店員さんがそういって巡さんをレジへと案内する。巡さんは
「ふふっ。まだまだこれからだよ、菫」
とすれ違うときに言った。
「何が?」
「内緒」
「ていうか待って。お金、出すよ私も」
そう言ってお財布を鞄から取り出そうとした私を、巡さんはすっと止めた。
「お姫様がお金出すなんてだめだよ。俺に払わせて」
は、はい・・・・・と私は下がった。あんまりここでいや私が払うって!って言うのも、巡さんのメンツを潰してしまう。
って待って・・・・・・・・・・・・
お姫様・・・・・・・・・?
下に続く
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