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レモンの花が咲いたら 2

2 美月


「じゃあ、僕はこれで・・・・・・」

 膝掛けを渡してくれた男性は、そう言った。

「あ、ま、待って!」

 思わず呼び止めてしまった。恥ずかしいけれど、それ以上に彼の声をもっと聞いていたいという思いが勝ったのだった。

「あっ、あの、私、小野美月っていいます。あなたのお名前、教えてください!」

「俺の名前?」

 男性はそう言うと、しばらく黙り込んでしまった。

 初対面の人にこんなこと言うなんて、やっぱり変なのかな。でも、変な風に思われたとしても、私はこの人と話していたいんだ。

「俺は・・・・・・屋敷玄」

 そう名乗った男性はさっきと変わらない、優しい声で言った。

「やしき、げん・・・」

 なんて素敵な名前なんだろう。なんて素敵な響きの名前なんだろう。まるでおとぎ話の主人公のようだ。

「素敵な名前ですね!」

 お世辞とかじゃなく、心からそう思えた。

「そうかな・・・?」

 怪訝そうな声音で、屋敷さんは言う。

「はい!」

 そう私が返事をして、その続きを言おうとしたときだった。

「美月ちゃん。早く戻りなさい」

 水原先生の声だ。さっきよりも少し口調が荒くなっている。

「あ、先生だ!」

 先生のコツコツという足音が近づいてくる。

「ダメじゃない。もうこれ以上は体に毒よ。・・・・・・・・・そちらの方は?」

 そちらの方、とは屋敷さんのことのようだ。

「あっ、えっと・・・」

「屋敷さんっていうの!」

 戸惑う屋敷さんの代わりに私が言った。屋敷さんは恥ずかしがり屋さんなのだろうか。

「そう。屋敷君ね。新しいお友達かしら?」

 友達。その言葉を聞いた瞬間、目眩がしそうになった。

 学校にすらもろくに行けなかった私には、友達がいなかった。いつまでも独りでいた。

 だから、テレビや本で出てくる「友達」という存在がとても憧れだった。

 私は、思わず、

「うっ、うん!」

 と、答えてしまった。

「え?」

 屋敷さんはそう驚いていたが、先生はそう、と笑い、

「私はこの子の主治医の水原よ。これからよろしくね。じゃあ、一緒に美月ちゃんの病室まで着いてきてくれる?独りだと駄々こねるから、この子」

「えっ、あ、は、はい・・・・・・」

 そう言って私たちは病室に戻った。その間もずっと、屋敷さんは戸惑っている様子だった。


 ごめんね。


 でも、私はあなたと一緒にいたいって心から思うの。


 「友達」に、なりたいの。


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