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これから

登場人物

知佳(ちーちゃん)・・・主人公

夏海(なっちゃん)・・・主人公の親友


 国道1号線を、ずっと私は上っていく。高速はお金がかかるし、速く走るのは私の主義ではないから。1号線は確かに混むけれど、それでものんびりと私のペースで走れるから好きだ。

 私は昨日まで勤めた会社を辞めた。この世の地獄みたいな最低な場所だった。残業なんて当たり前だし、パワハラやセクハラも日常茶飯事だった。周りにいた先輩たちもみんなきつすぎて、私が入った時にいた人はほぼやめた。

 新卒でその会社に入った私は、最初は単純に私が新人で、自分が社会のことをわかっていないからだと思っていた。しかしずっと怒られ続け、ついに私は精神を病んだ。どうしたら死ねるのかを模索し、リストカットを繰り返した結果、出血多量で倒れ、病院に運ばれた。いろいろ検査を受けた結果鬱病と診断され、私は会社を辞めて自宅療養することにした。またこっちに復帰してもいいんだよといわれたが、絶対次は死ぬと思い、退職届を提出した。

 高校卒業と一緒に私は地元を離れて就職したから・・・もう5年くらいだな。年末に少し帰っていただけだったし、ここ最近はその年末すらも帰っていなかったから、どうなっているんだろう。



 私の実家のあるS市まで来たところで、電話がかかってきた。スマホとカーナビをつなげてあるので、ハンズフリー通話を始めた。

「もしもし」

『もしもーし!ちーちゃん!!』

 この声は・・・

「なっちゃん!!」

 なっちゃん、とは私の地元にいたときの親友だ。かわいくて運動神経がよくて頭がよくて、性格もよくて・・・と非の打ち所がない、お姫様みたいな人。美容師を目指して専門学校に通って、今は街の方にある美容院でアシスタントとして働いている。

 LINEはずっともっていたけれど、なかなか私も仕事が忙しくて彼女と話すことがなかった。

『久しぶりだね!元気してた?今何してる?』

「仕事やめて帰ってるの。今ちょうどS市に入ったとこだよ」

 すると、えぇ!?となっちゃんはすごく驚いていた。いっていなかったしそれは驚くよね。

『ちょっと待って!今帰ってるの?!そして仕事やめたってことはこれからもいるってこと?』

「うん。今家に向かってるの」

『ちょまちょまちょちょま・・・・・・』

 呪文のよう(というよりほぼ呪文)な言葉を唱えてしばらくした後、

『今から会わん?』

「えっ、今から?」

『積もる話もあるでしょ!じゃあ、お寿司食べ行こうよ!ベイドリのはま寿司でねー!じゃ、私もそこで!先に私付くと思うから、駐車場で待ってる!』

 と、一方的に電話を切られた。なっちゃんは元々強引なところがあったけど、余計に磨きがかかっている気がした。

 しょうがないなぁ。でも今は電話できないし、1号線を降りたらとりあえずなっちゃんとあってくることをお母さんに伝えよう。文句を言うかもしれないが、なっちゃんと会うということなら許してくれるはずだ。


 1号線を降りて一般道を走る。お母さんにはわかったよーとだけ言われた。なっちゃんとは幼稚園からの仲だし、親同士も仲がいいからそこは信頼してくれているのだろう。

 30分くらい車を走らせて、私は目的地のはま寿司まで来た。青くて四角い車の運転席に、ボブカットのおしゃれな女の子が。間違いない、なっちゃんだ。ちょうどなっちゃんの隣が空いていたので、その隣に車を止めた。そして、車を降りてドアをたたく。

「なっちゃん」

 なっちゃんはすぐ私に気がついた。車から降りるなり、私に抱きついて、

「うわああん!!ちーちゃん!!会いたかった!!」

「わっ!」

「こんな痩せちゃって・・・!今日は食べるぞ!」

「う、うん!」

 そう言ってお店に入るなっちゃんも、少し痩せていた。もうすこしふっくらしていたけれど、肉がかなりそがれた印象だ。

 お店に入って、私たちはテーブル席に案内された。おのおのが食べたいものを頼みながら、

「仕事やめたって聞いたけど、何の仕事してたん?」

「ああ、花屋さんにいたの。お花好きだったから」

「そうだったんだ!でもその様子だと・・・大変だったんだね」

 家に体重計がなかったから詳しい数字はわからないけど、かなり痩せたはずだ。たぶん10キロは確実。わからないけど。

「うん・・・。実はさ――」

 と、私は昨日までのことを話した。なっちゃんは真剣に聞いてくれて、

「えっ、リストカットって、腕切ったんでしょ?」

「うん。もう死にたくて。死ぬなら手首を縦に切るといいって聞いたことあるから」

 と、私は包帯が巻かれた左腕を出した。初冬で長袖を着ていたからばれなかったけど、まだ少し痛むんだよな。

「その下に、そのリスカの痕があるってこと?」

「うん。ごめんね、こんな生々しい話をして」

「そんなんいいって。それだけ辛かったってことでしょ?」

 否定をしない彼女は、いつだって私の味方だったなあと改めて思った。小学校の時にいじめられていた私を助けてくれたのもなっちゃんだったし、中学の時不登校になりかけた私に手をさしのべてくれたのもなっちゃんだった。

 両親でさえも「なんでそんなことを・・・」と私に言った。それはそうだ。死んだって物事が解決するわけじゃない。会社のせいで自殺をしたからと言って、絶対に労災に認定されるわけでもない。だから会社は面倒なことをしてと文句を言うし、親には親不孝もいいところだ。最初に腕を切ったときはそんなことが頭をよぎったけど、二回目からはそんなのもどうでもよくなってしまった。

「ちーちゃん?」

「ん?」

「とりあえず、生きててくれてよかったよ」

 その言葉に、涙が出そうになる。

「私もね、美容師のアシスタントとして入ったけどずっときつくてさ。ハブられることもあるしうまくできなくてお客さんに怒られることもあったし、ちーちゃんほどじゃないかもしれないけれど、私もきつかった。でも、こうやって今会って一緒にご飯食べてるってことが、本当に幸せで。また生きてこうして出会えてよかった」

 しみじみと話すなっちゃんがまぶしくて、視界が潤んだ。

 こんな風に言ってもらえたの、いつぶりだろう。自分と会うだけでこんな風に言われるなんて、こんな幸せなことがあるだろうか。

 私は目をこすり、

「死ねなくてよかった。なっちゃんと、会えたから・・・」

 中学の卒業式は一緒に写真を撮らずに終わったし、別々の高校に進学して最初こそはLINEをしていたけれどそれからは全く連絡を取っていなかった。私の中でもうなっちゃんは遠くに行ってしまった気がしていた。そう思って私はもう地元からも距離を置こうと思って、成人式すらも顔を出さなかった。

 中学までは親友だと思っていたけれど、それでもこんなに音信不通だと親友だなんて呼べないだろう。そもそも親友とは何なんだ。友達とは何なんだ。わからない。私はただ、もう生きるだけでいっぱいいっぱいだった。

 なっちゃんは、私の手をそっと取った。

「生きててくれて、ありがとう」

 改めて、彼女と友達になれてよかったと思った。それと同時に、それまでの音信不通の期間なんかどこかへ行って、昨日までもずっと一緒にいたかのような暖かい気持ちになった。

「お互い、乗り越えてよかった」

 私はそう言うと、少しだけ笑う。なっちゃんはそれを見て歯を出して笑った。

「帰ってきたんだし、これからたくさん会おうね!!」

「うん!!」

 私たちはまた、そうしてくだらない話や仕事の話をしながら寿司を食べる。

 空白の期間は、これから埋めればいい。

 それが、私たちなりの、『親友』という形だ。


《了》

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