見出し画像

残り香

登場人物

梢(こずえ)

鈴(すず)

澪(みお)



 運命だ、奇跡の出会いだ。そう思っていたのに、呆気ない別れ方をするって、あると思う。どんなに仲良くて永遠の友情や愛を誓っていたとしても、終わりが来るときは一瞬だ。全部過ぎ去った後に、こんなに呆気ないものなのかという虚しさだけが残る。寂しくて、悲しくて、ぽっかり穴が空いたような、そんな気持ちになる。

 もうすぐクリスマスだ。と言っても、クリスマスの予定に入っているのは歯医者に行くことだけだし、一緒に過ごすような相手もいない。友達と一緒に過ごすというのも、みんな仕事があったりするから考えていない。クリぼっちというやつである。もう何年もその状況だし、今後も特にそれが覆ることはないとは思うので特段悲しいことはないが、せっかくだしなんかしたかったよなあとクリスマスが過ぎる度に思ってしまう。
 そんな時、ネットで知り合ってそれからずっと仲が良い澪にクリスマスプレゼントを送ろうかと考えた。澪は早生まれだが私と同い年で、可愛くて優しい女の子だった。住んでいるところも遠くてなかなか会えないが、それでも話すたびにその優しさに癒されてしまう。仕事で辛い時はお互い慰め合ったり、楽しいことがあったら話して、そうやって感情の共有をしている。

 そんな大切な友達だから。普段あんまり会えないし、実際今年もそんなに会えなかったから、せっかくだしクリスマスプレゼントの一つも買っておこう。そうは思っても、私とは好きな物の趣味も違うし、好きなアイドルも全然違うから何を買えばいいのかわからない。試しに彼女の好きなアイドルのグッズを調べてみたが、全部持っていそうな気がして見るのをやめてしまった。
 
 どうしよう、と思った時に、あるものに目がいった。



 鈴は、すごく美人で優しくて頭が良くて、それでいてすごく繊細な少女だった。
 両親は日本人だが外国生まれ外国育ちだった故、日本に来たのはいいもののなかなか馴染めずいじめにも遭い…というような壮絶な人生を送っていた。また、海外の大学に通っていたが、課題やらテストやらに追われて、彼女の精神は限界を迎えていた。周りが引くほどの強迫観念を持ち続け、取り憑かれたように課題に追われていたのである。そんな限界の彼女と偶然繋がったのが、澪と私だった。元々澪のインスタグラムを鈴がフォローしていて、私もたまたま繋がったというのがきっかけである。年も近くてすぐに意気投合した。鈴は澪の方がよく懐いているようにも思えたが、それでもたまにメッセージをくれるくらいには私にも関心を持っているようだった。

 そんな鈴は、香水が好きでたくさんの香水を持っていた。彼女の部屋の写真を見せてもらった時、棚にたくさんの香水瓶があった。

「それ、すごいね。全部集めたの?」

 私がそう聞くと、

「うん。まあもらったのもあるけどね。香水好きなんだよ」

「香水好きなん?私なかなか香水手出せないんよね。京都のお土産で昔練り香水はもらたけど、それも使いこなせてない」

 そう私が笑うと、彼女も笑いながら、

「でも香水はいいよ。香りってのはその人の印象に強く残るものだから、気にしておいた方がいいよって言われてから私も気にするようにしてるの」

「そうなんだ。でも、つけすぎて臭いってこともあるじゃん?そうなったらやだなーって思ってたのと、後習慣がなくてさ」

「私も大学で言われたんだよ。それまでは香水をつけるなんてしなかったけど。外国の友達がそうやって教えてくれたの。でも、考えてみれば普通のことだし、香りって大事だなって思う時、ない?」

 なるほど、確かにそうだ。フェロモンというのも鼻で感じ取るものらしいし、綺麗な人にはそれ相応の良いフレグランスがするし。鈴の友達の意見は全くもって間違っていない。むしろ正しいかもしれない。

「なるほどねえ。調べてみようかなあ」

「うんうん!梢は、どんな香りが好きなの?今度おすすめ教えるよ!」

「えー!ありがとう!考えておくね!」

 そうやって約束したけど、その約束は果たされないまま鈴とは連絡が取れなくなった。きっかけは私がただ幼稚だっただけな、とてもくだらないことだ。私が直接的な原因かはわからないけれど、彼女は精神を壊し、今は両親と3人で外国で静養しているらしいと澪から聞いた。その澪ですらもほとんど連絡が取れないから、もう私たち2人と鈴の関係はほぼ終わったに等しいのかもしれない。

 でも、私も香水をつけるようになった。最初は好きなアイドルと同じ香水を買っただけ、と思っていたけれど、鈴の話を聞いて出かけるときには香水を一振りかけるようになった。先日ショッピングサイトでセールをやっていたのもあって、新しい香水を買った。鈴がたくさん香水を持っては使い分けているのを思い出したからだった。

 そして、今も私は、澪への贈り物として香水を選ぼうとしている。前私が買ったものと同じメーカーが出している香水で、私が持っているものより爽やかでフルーティなフレーバーのものだった。最初に私が買ったものはすでに売り切れてしまっていた。早めに買わなければ売り切れてしまうと思い、購入ボタンを押した。

 鈴をたまにインスタで見かけることはあるが、それでももう話すことはない。前手紙を出そうと思ったが断られてしまった。両親はネットで友達を作ることを認めていなかったらしく、両親から大目玉を喰らいそうだからやめてくれと言われた。せっかく静養中なのにそんな風にまた私が拗らせてはいけないから送るのはやめておいたが、それからほぼ話していない。言葉の一つも、スタンプを送ることすらもなかった。それでも、彼女が教えてくれたことは、残り香のように優しく包み込んでくれる。

 澪にこの香りが気に入ってもらえるかわからないけど、澪も澪で、香水が好きになっているはずだから、きっと喜ぶはずだ。顔が思い浮かぶ。そして、素敵なプレゼントを考えさせてくれた鈴に、会いたい気持ちも溢れる。

 この先の長い人生で、またあなたの香りに触れることがあるのだろうか。正直、ないかもしれない。あるという保証はどこにも見つからない。そうだとしても、鈴との思い出は消えることはない。少ないけれど、それでも印象深いものばかりだ。

 ふと、化粧棚においた二つの香水瓶を眺める。蛍光灯の光を瓶が反射して、優しく煌めいていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?