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4歩歩いた先にコーヒーがある 5

 来てしまった。最悪だ。確認しなくてもわかる、この感覚。お腹がずんと大きな鉛が乗ったかのように重く痛くて、そして何をするにもおっくうで。いわゆる「月のモノ」が来たのである。

 運良く今日は休みだ。でも私は1日目と2日目が最大のピークであり、すなわち地獄である。その二日間はなかなかキツい時間であり、気絶したり嘔吐したりしないにしてもかなりしんどい。現に今ベッドから動きたくない。

「菫、もうそろそろご飯だよ」

 巡さんだ。死にそうな私に対していつも通り爽やかである。

「菫?どうしたの?」

「じゅ、巡さんごめん、私ちょっと今日・・・」

 えっ?と驚いて眉を上げた巡さんだったが、すぐにああ、と気づいたらしく、

「わかった。ちょっと待ってて」

 巡さんはそう言って寝室から出て行く。そしてすぐにまた戻ってきた。手には私がよく使っている痛み止めと、水の入ったペットボトル。手元に近い方が良いでしょ、と言うことだった。もうすでに巡さんが神に見えてきた。

「食欲は?」

「あんまり・・・」

「そっか、でもなんか食べないと薬飲めないから、スープちょっと飲もうか」

  そう言ってまた巡さんは寝室を出て、今度はスープの入った器とスプーンが乗ったお盆を持って入ってきた。

「一口だけでも良いから、起き上がれる?」

「う、うん・・・」

 私は巡さんに支えられながら体を起こした。体を起こすとなおも伝わる体の重さに余計にしんどくなる。でも寝ていてもどうせ不快感は変わらないのだからもうこの際座ろうが寝ようがどうでも良い。

 巡さんはベッドに腰掛けると、スプーンでスープをすくい、

「はい」

 と、私の前にそれを差し出した。予想をしていなかった動きに思わず、

「え?」

 と言ってしまう。まあこの状況を考えて巡さんがいわゆる「あーん」の動きをするとは容易に考えられるのだろうが、もう今は正直それすらも予測できるほどの力が出ないのである。

 巡さんはふっと笑って、

「ほら、冷めちゃうよ?」

 とだけ言った。

 いつもそうだ。彼はこうしてイケメンなことを普通に、まるでそうやって教育されてきたかのように、自然にする。何の違和感もなくふと気がついたら車道側を歩いているし、寒い日に外を歩いていると、気がついたら彼のポッケに私の手が入っている。いつだって紳士で、そして私を余計に困らせる。

 顔が熱くなりながらも、私はそのスプーンを口に入れた。私の大好きな、巡さんお手製のオニオンスープの味が口いっぱいに広がる。

「どう?まだ食べれる?」

 巡さんのスープを一口食べたら、なんだか少しだけお腹がすいてきた。

「うん。食べる」

「じゃあ、はい」

 そう言って巡さんはまたさっきと同じようにスープをすくおうとしたので

「いや、自分で食べれるから!」

 思わず止めてしまった。巡さんは意地悪く笑い、

「ははっ。良かった、ちょっと元気になった?」

 私は一瞬言うのをためらったけど、

「ちょ、ちょっとだけ・・・。巡さんの、スープ飲んだから・・・」

 余計に体が熱くなる。巡さんは照れくさそうに笑うと、私の頭をなでて、

「ありがとう。でも、無理して食べなくて良いからね」

 巡さんはそう言うと薬の隣にお盆を置いて立ち上がった。

「さて。俺はもうそろそろ仕事に行ってくるね」

 そうか、巡さんは今日仕事なのか・・・。接客業だもんな・・・。

 毎度のことながら寂しい。体調悪いし「月のモノ」のときは情緒不安定になるから迷惑をかけたくないとは思うけど一人はやっぱり寂しい。

 あからさまに寂しそうな顔をしたのか、部屋を出ようとした巡さんはこちらに来て私のおでこに自分のおでこをくっつけた。

 髪をなでながら、

「大丈夫。終わったらすぐに帰るから。今日はゆっくり寝ててね」

 そう優しく言って、部屋を出た。しばらくして、玄関のドアが開く音がした。仕事に行ったのだろう。私は巡さんがおいて行ったスープをもう一口飲んだ。ゆっくりだけど最終的には全部食べることができた。キッチンに食器を持って行くと、作り置きまでおいてあった。あの短時間で本当にすごい・・・。

 簡単に食器を洗って、寝室に戻る。そして薬を飲んで横になった。改めて、巡さんって優しいなって、心に染みる。涙がこぼれそうだ。

 本当に、私なんかが良いのかな・・・。私なんかがこんないい人と・・・そう思う自分がどこかにいる。時期的な悩みなのだろうか。でも、そう思う自分も確かにいるけれど、でも巡さんじゃなきゃ嫌だとすぐに思った。

 そう、巡さんと一緒じゃなきゃ私は嫌だ。

 優しくて、明るくて、何でもできて、でも時に涙もろい巡さんとじゃなきゃ、私は嫌だ。

 巡さんが帰ってきたら、また前みたいにご飯作りたいな。どうかそのときまでには体調が少しでも戻っていますように・・・。私はそう思いながら眠りについていった。

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