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4歩歩いた先にコーヒーがある 3

 気がつくと、私はだだっ広いホールにいた。中学の時の吹奏楽コンクールで来たところと造りが似ているが、それにしてはなんだか質感がホラーめいている。

 え、何ここ・・・と思っていると、いきなり上手の方の袖から元上司がやってきた。仕入れの現場にいた頃にさんざんしごかれた怖い人である。

「○×$%&'(){~=*??!!!!!」

 何を言っているのかはわからないがとりあえず怒っている。たぶんあれができてなかったこれができてなかったと言うことだろう・・・。今ではもう会うこともそんなになくなったのに胃が痛くなってきた。

 そうかと思えば今度は下手の方から短大2年から社会人1年目の秋まで付き合っていた元彼がやってきた。

「&’())~=~’%&%(()(%&=~^-*」

 こちらも何を言っているのかわからない。元彼は付き合っていた頃ドがつくくらいのドメンヘラで、こちらが情けなくなるくらい女々しかった。友達がいないと言うことを言い訳にしてはデートのプランの1つも考えられなかった男であった。

 なんなのかわからない。でも本当に怖いというか、嫌だ。なんなんだこの状況は。そして何よりこのホールが余計に音を増幅させていて、耳を塞いでも脳に直接届いてくる。

 うわぁ、なんだこれ。気持ち悪い。何、こんなのもう、無理だ。何でこんな奴らの間に挟まれなければならないのだ。相変わらず何言ってるのかわからないし・・・誰か助けて・・・・・・・・・・・・・・・



 急に手に何か暖かさを感じた。ぱっと起きると、隣には巡さんがすやすやと寝息を立てている。夢だったと気づくのに数秒かかった。よかった、と安心したけどそれと同時にあの頃の胃が痛い日々を思い出した。

 本当に辛い、では済まされなかった。社会人1年目はキツい時期だとも言うけど、仕入担当にいた1~2年の頃は本気で死のうと思っていた。市場関係は割と古い考えの人が多く、殴られることも多かった。女だからって言う理由で悪く言う人もいた。

 しんどくて、きつくて。涙も涸れていたあの頃。でも、その頃があったから今こうして巡さんと一緒にいられるのかな。 

 私はそう思うと、ぎゅっと巡さんを抱きしめた。どうやら起こしてしまったようで、

「んう・・・菫?どうしたの・・・?」

 と、眠そうに言った。私は

「ううん。こうしたかっただけ。起こしてごめんね」

 すると、巡さんは私を抱きしめ返してくれた。そして、頭をなでながら

「怖い夢でも、見た?」

 と優しく聞いた。その声が優しくて涙が出そうになる。私は巡さんの暖かい体温に包まれながらうん、と頷いた。

「大丈夫。俺がいるよ」

 そうしてぽんぽんと頭をたたいてくれた。昨日買っていた新しい柔軟剤のにおいがする。そして、すぐにまた巡さんの静かな寝息が聞こえてきた。

 ああ、私、幸せだ。こうやって包み込んでくれる誰かがいるって。本当に幸せなことなんだ。

 私はそう幸せをかみしめながらゆっくりと深い眠りへと落ちていった。

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