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4歩歩いた先にコーヒーがある 7


 仕事をしていると、よく飲み会に誘われる。お酒は好きだしみんなで飲むのも好きだから行きたいとは思うものの、だいたいは仕入れの現場では元上司たちも一緒にいて、嫌なことを思い出したりもするから、部署を異動してからは私はほとんど会社全体での飲み会にも行っていなかった。

 そんなときだった。

「加藤さん!」

 書類を運んでいると、後ろから声をかけられた。振り向くとアルバイトで働いている男性が。飯塚君だ。私より一つ下の男の子。

「はい?」

「今週の金曜日って、空いてる?」

 特に予定はなかった気がするから、

「え、う、うん。空いてるけど」

 すると、飯塚君は言った。

「じゃあ俺と飲み行かない?」

 正直飯塚君とは話したりもするが、飲みに誘われたり逆に誘ったりするほどではなかったのですごく驚いた。

「わ、私と?」

「うん!もしあれならほかの人も誘うよ!どうかな?」

 どうかな・・・。正直行きたい気もするけど、巡さんの顔がちらつく。おおらかな人だからいってらっしゃいって言ってくれるかもしれないけれど、どこかで我慢させてしまう気がした。でも、行きたい気もするし・・・。

 私は、その場で結局答えを出すことができなかった。

「ちょっと考えさせて?」



 家に帰ると、巡さんはまだ帰ってきていないようだった。今日のこと、話してみようかな。そうは思うものの、どこかで怖い気もして言えない。

 しばらくして、ドアが開く音がした。

「ただいま」

 巡さんが帰ってきた。

「あ、おかえり!」

「ちょっと今日忙しくて疲れたから、ご飯お弁当買ってきちゃった。ごめんよ」

 そう言って巡さんはテーブルの上にコンビニの袋を置いた。こうやってお弁当を買ってくることはそんなにないから、相当疲れているんだろう。

「大丈夫だよ。お風呂沸かしてあるから先に入ってきなよ」

「うん。ごめんね」

 巡さんはそう言って荷物を置いて脱衣場へと向かった。

 こんな話をしたら余計に疲れさせちゃうのかな。話さない方が良いのかな。そうは思うものの、後ろめたい気持ちもあって複雑だ。行くって言ったわけでもないけど、なんだか罪悪感がすごい。

 そうして巡さんがお風呂から出ても、ご飯を一緒に食べても、なかなか私は言い出せず、もやもやしたまま時間は過ぎていった。

 二人でテレビを見ながら、のんびりしている。いや、巡さんはのんびりしているんだろうけど、私は1人でもやもやしていた。

「菫」

「えっ?ん?」

 いきなり呼ばれたので変な声が出てしまった。巡さんは少し笑って、

「何か言いたげじゃん。どうしたの?」

 わかってしまったのか・・・!もうここで隠すわけにも行かないと思い、

「じ、実はね、飲み会に誘われたの」

「誰に?」

「同じ職場の・・・・・・」

 言ってしまおうか、女の子とって。でも、嘘をうまく突き通せる自信もなかった。

「あ、アルバイトの男の子と・・・」

 すると、巡さんは目を丸くした。

「お、男の子?!」

「いやっ、2人じゃないよ!?何人か誘うって言ってたし!」

 巡さんはそうか、と言って顔を背けた。そして、

「菫は、行きたいの?」

「えっ?」

「その飲み会に」

 確かに行きたい気持ちはある。でもそれは私が単純に居酒屋でお酒を飲むのが好きなだけであって、飯塚君と飲みたいという気持ちではない。

「飲みに行きたいなとは思う。でも、その男の子とは行こうとは思わないかな・・・・・・」

 ふうん、と巡さんは素っ気ないそぶりをしていた。

 やばい、巡さん怒ったかな・・・。怖いって聞いてるんだけど・・・大丈夫かな・・・・・・そう思ったときだった。突如巡さんはこちらに向き直って私に覆い被さった。

「じゅ、巡さん!?」

「行きたくても、行かないで」

 巡さんは私の耳元で言った。

「えっ?」

「さっき菫がもしも行きたいって言ったとしても、俺は止めはしなかったと思う。菫の気持ちを大切にしたいから」

 でも・・・と巡さんは言いながら頭を私の方にこすりつけた。

「でも、君がほかの男と一緒に飲んでって姿を想像すると、辛いんだ。話すとかそれだけならまだしも、飲んだら何されるかわからない。君に手が届かない範囲で何かされるのが俺は嫌なんだ」

 こんな巡さん、見たことがなかった。普段は大人の余裕を見せている巡さんなだけに、衝撃的ではあった。でも、その衝撃以上に私の胸には暑い何かを感じていた。

「行かないよ、巡さん」

「本当に?」

「うん。その子と飲むくらいなら巡さんと居酒屋に行きたいもん」

 すると、巡さんは私から少し離れた。私は続けて言う。

「居酒屋に行きたいなとは思ってるけど、でも、それは巡さんか女の子の友達と行きたい。男の子と行こうとは思わないよ」

 すると、巡さんは嬉しそうに笑い、もう一度抱きしめた。

「ありがとう。俺のわがままを聞いてくれて」

「ううん、疲れてるのにごめんね」

 いいさ、と巡さんは言うと、

「話してくれて嬉しかった。もう少しだけ、こうしていたいよ」

 暖かくて、良い香り。巡さんの心臓の音が聞こえる。少しだけ早くて、大きな音。

 優しい音と感触に包まれながら、私は巡さんに身を預けていった。

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