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レモンの花が咲いたら 4
4 玄
「友達って、本当に素敵な響きですね」
「そうだね」
俺がそう言うと、小野さんはうふふと小さく笑う。本当に眩しいな。何だかこちらが凄く照れてしまう。
俺は、それを隠すように、
「君は・・・・・・・・・いつからここにいるんですか?」
「ずっとです。何度か退院もしたけれど・・・。でもほとんどはこの病院にいます。最後に退院したのは・・・3年前だったかな。でもすぐに倒れちゃって。それからずっと入院してるんです」
「普通の学校とかも、行かなかったんですか?」
そのとき、俺の学生生活のことが頭をよぎった。
いじめられていた小学校時代。顔も周りより違ったし(日本人だけど)、何より体つきは周りよりもかなり大きかった。そして性格もこんな陰気なものだったから人が寄りつかず、むしろ嫌われた。
居場所などなかった。家に帰っても、母は忙しく働き、父は働かずに部屋にこもる。そんな家庭も嫌いだった。
中高はそれでも音楽に没頭していたけれど、音楽を取り上げたとしたら果たして俺に居場所があったのだろうか。
彼女は口を開き、静かに言葉を吐き出した。
「普通の学校には通えてないです。退院したときちょっとだけ通ったけれど、すぐに入院しちゃったから。だから、入院している間に院内学級に―ああ、長く入院しているような人が勉強するところに私も行っていたんだけど、友達が出来なかったんです」
「なぜ」
「みんな、死んじゃったから」
そう儚げに笑う彼女の言葉が、あまりにも衝撃的だった。
いや、考えてもみろ。彼女が人生のほとんどを病院で過していると言うことは病気は相当のものなのだろう。たぶん今こうしている間にも彼女の体を病魔がむしばんでいるのかもしれない。
俺みたいな普通の学校に通っていたような(または通っているような)人間は、「じゃあね、また明日」と平然という。しかし、それはあくまでも「俺たち」の中で通じる言葉であって、「彼女たち」には上滑りしていくものなのだ。今日元気に笑い合っていた友達が、明日になれば亡くなるというようなケースもあるのかもしれない。
それだけ彼女らのそばに「死」が存在しているのだ。
「それに私、目も見えないので・・・。今目の前にある物がどういう形で、どんな色をしていて、何を表わしているのか、とかがわからないんです。結局、今まで仲良くなろうとした人たちがどんな顔をしていて、どんな服を着て、どんな笑顔をしていたのか何も分からないまま別れてしまいました」
胸が締め付けられる思いで俺は小野さんの話を聞いていた。そして、これまでに自分が抱えていた悩みが、彼女を前にしていかにちっぽけだったかを思い知った。
俺以上に、素敵な子なのに。
俺以上に、素晴らしい人なのに。
俺以上に、懸命に生きているのに。
俺が「死にたい」なんて思っていたら、ダメだ。
「・・・・・・あの」
「何ですか?」
思うより早く、俺は言った。
「明日も、俺、ここに来ていいですか?」
「俺は仕事とかもしていないし、時間はあります。もっと君と、話をしていたいんです」
驚いた顔をしていた小野さんだったが、顔をほころばせて
「ぜひ!お願いします!」
春の木漏れ日のような笑顔を浮かべる彼女。なんて儚くて美しいんだろう。こんな美しく笑う人を、俺はついぞ見たことがない。
雷に打たれたかのような衝撃が走る。初めての事だ。なんなんだろう。胸が苦しくてたまらない。
「あ、後・・・。敬語じゃなくて、いいよ」
変な間を作りたくなくて、そう俺が言うと、
「でも、失礼じゃあ・・・」
「いいさ。もっと君とフラットに話したいから」
「・・・・・・わかった!そうする!」
ふと時計を見ると、もうすぐ夕方だ。夜までには絶対に家にいろという医者の言葉をふと思い出した。その言葉だけは絶対に忘れないようにしていた。
「じゃあ、俺はこれで。また明日、会おうね」
「うん!またね!」
そう微笑んで手を振る小野さんが本当に素敵で。
明日が楽しみで仕方がなかった。
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