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短編小説 灰色の双子

昔々、ある所に、灰色の髪をした双子の姉弟が生まれた。
その町では、生まれながらにして灰色の髪を持つ子供は死を呼び寄せる不吉な子供とされ、両親は早々にその双子を孤児院の前に捨て去った。
孤児院はその双子を拾ったが、不吉な子供であることは勿論知っていた。
しかしそれだけではなく、灰色の髪の子供は潜在能力が高いとも言われており、高値で売れることも知っていた。
将来、城に奉公に出せば、多額の恩賞を受けられるに違いない。
そう考え、しばらくの間養うこととした。

姉弟は常に一緒に育てられた。
同じ物を食べ、同じ服を着て、同じ毛布で眠る。
だけど、弟は姉にいつも優しく守られていた。
生まれた順番がほんの少し先か後かの違いだけなのに。
弟はそれがすごく嬉しかった。

   □

姉さんはいつも僕に食べ物を分けてくれた。
辛い時にはいつも僕を抱き締めてくれた。
寒い夜には一緒に毛布に包まって温めてくれた。
姉さんはいつも、優しくて柔らかくて温かくていい匂いがした。
僕は姉さんが大好きだった。

そうしてお互いに成長して体つきも変わり、同じ服が似合わなくなってきた頃、僕の中で姉さん対する愛情が少しずつ変わっていくのを感じていた。
大好きなだけでは物足りない、もっと熱い何かが心の底に渦巻いていた。
この頃から姉さんと僕は、同じ食事はするものの、服も部屋も別々になった。
別々になったことで、かえって姉さんを想う時間が増えていった。

   □

12歳になった誕生日、突然、城の使いがやって来て、姉さんを連れて行った。
僕は必死で抵抗した。
でも力の強い大人達を前に、成す術がなかった。
悔しかった。僕は姉さんを守れなかった。
僕はこんなにも悲しんでいるのに、孤児院の大人達は何故か嬉しそうに見えた。
そして醜い顔でこう言った。
「お前の大好きな姉さんは隣国に売られることになったんだよ」

僕の中にドロドロとした感情が沸き起こるのを感じた。
これは、醜い大人達への嫌悪か、無力な自分への憤りか、城の使いへの憎しみか、隣国への……隣国で姉さんはどうなるんだ。
隣国とは長い間、戦争をしているはずだった。
姉さんがどうなるのかを想像すると、吐き気がするほどおぞましい情景が目に浮かんだ。
僕は怒りで気が狂いそうだった。

その日の夜、僕は薪割り用の鉈を持ち出し、裏庭でねずみを捕まえた。
そして、ねずみに向かって滅茶苦茶に鉈を振り下ろした。
行き場の無いこのドロドロした思いを全部ねずみにぶつけた。
ねずみは原形がわからないほど潰れた。だけど僕の気は済まなかった。
別のねずみを捕まえて、同じことをした。そしてまた別のねずみにも……。
だけど殺しても殺しても、僕の気はおさまらなかった。
まだまだ足りない。もっと殺さなくては。もっとたくさん、大きなものを。

次の日、また城の使いがやってきた。
今度は僕を連れて行くと言う。
城で懸命に奉公すれば、騎士に取り立ててやると言ってきた。
騎士になれば隣国の奴らを思う存分殺せる。
そう思うと不思議と笑みが浮かんできた。
僕はその使いについて行った。
孤児院の大人達はまた嬉しそうに、醜い顔で僕を見送った。

僕は城で懸命に奉公し、剣術も教わった。
剣術は楽しかった。我を忘れて無我夢中で的を切り倒した。
その頃は隣国の奴らを殺すことで頭がいっぱいだった。
早く戦場へ出たい。
だけど僕はまだ身体ができておらず、もっと筋肉がついて逞しくなるまで、戦場に出ることは叶わなかった。

   □

そうして5年もの歳月が流れた。
この頃には精神も落ち着いてきていた。
そして分かったこともある。
姉さんが隣国へ送られたのは、隣国との停戦交渉のためだったそうだ。
灰色の髪の人間は潜在能力が高いと言われているらしく、将来優秀な戦士になるからその人間を差し出す代わりに、手を引いてほしい場所があったのだという。
だから姉さんは隣国でも戦力として、丁重に扱われている筈だと。
本当かどうかはわからない。だが、城での俺の扱われ方がそう悪くないことを考えると、本当かもしれない。
しかし道具にされていることは気に食わない。いつか必ず姉さんを救い出してみせる。そう固く決心した。
そういえば孤児院の奴らは殺しておいた。不必要に厭な言い方をしたことが気に入らなかったからだ。

そして――
ついに戦場に出る日がやってきた。
俺は敵を手当り次第に殺した。
この日を何年も前から待ち望んでいたのだ。
この上ない快感に打ち震え、剣を振るう手が止まらなかった。
どいつもこいつも滅茶苦茶にしてやる。
剣を持つ右腕が返り血と臓腑でドロドロになり、剣と手の境目がわからなくなるほどに敵を薙ぎ倒し、叩き潰した。
その姿はまるで狂戦士のようだと言われ、味方も俺に近付かなくなった。

そうだな、俺は狂っているのかも知れない。
戦場で剣を持つとほとんど何も考えられなくなる。
本能のままに体が動き、人を殺してしまう。殺すことが快感になっている。殺すことに欲情していると言ってもいい。
これのことを皆は潜在能力と言っているのではないか。
俺は、この衝動を自分で抑え込むことはできなかった。

隣国を攻め続け、ついにある城の攻略に乗り出した。
この城は長年、隣国との間で奪い合いが続いており、この城を制した方が優位を築いてきたらしい。
そんな歴史は正直どうでもよかったが、要所の城は容易くは落ちるまい。
潰しがいがありそうだ。
そう思うと、いつしかのような笑みが自然と浮かんできていた。

城攻めが始まった。
敵は矢の雨を降らせてきた。
その中に1本、俺の顔面を目がけて飛んでくる矢があった。
剣で切り落とすが、その後も執拗に俺の顔面を目がけて飛んでくる。
明らかに俺を狙っている奴がいる。
何度か矢を切り落とした後、ついにその矢を放つ主を特定したが、その姿を見て狼狽した。
――姉さんだ。
兜の下から灰色の長い髪を靡かせている。その立ち姿には面影があった。
凍てつく様な冷たい目で俺を見下ろし、間髪入れずに矢を放つ。
本気で俺を殺りにきている。
心臓を掴まれたかの様に胸が痛み、動悸がした。
だがそれと同時に、体の内側から熱いドロドロした欲望が沸き起こり、剣を振るう手に力が入った。
そうだ、これで姉さんを殺す理由ができた。
本当は俺はずっと、姉さんを力ずくで自分の物にしてしまいたかったんだ。
姉さんもそうだろう?だって俺を殺そうとしているのだから。
沸々とした欲望と冷徹な殺意が入り交じっていた。

城壁を破壊した音が聞こえた。
次々と味方が城へなだれ込む。
俺もその中に交じり、姉さんを探した。
行く手を阻む雑魚を何人か殺したが、こいつらでは俺は満たされない。
姉さんは何処だ。
敵味方入り乱れる混乱の中、ある部屋の入口近くに味方の死体が何体か転がっているのを見つけた。
どれも喉元を矢で一突き、それ以外の損傷は見当たらない。
この部屋に居る――
扉は開放されていた。入口に近づくと喉元を目がけて矢が飛んできた。それを剣で切り落とし、中に入る。
そこは広間になっていた。天井は高く、床には赤い絨毯が敷かれている。家具などは一切無い。
入口と反対側の壁際に、姉さんが弓を持って立っていた。一人だ。
姉さんまでの距離は 20m ほど。少し遠い。
姉さんは俺だと気づくと、少し弓を下げ、笑みを浮かべて言った。
「やっと来てくれた。ずっと待っていた」
久しぶりに聞く姉さんの声。姉さんと会話できることに喜びを感じた。
しかしこちらが声を発する間もなく、次の矢を放ってきた。
切り落とすには間に合わず咄嗟に避けた。矢は耳を掠めて後ろの壁に刺さった。
危なかった。反応がやや遅れた。姉さんは続けて話し出した。
「ずっと待っていたの。寂しかった。さぁ、わたしの元で眠りなさい。永遠に」
「そうか。狂ってるな、姉さんも」
「ふふふ……久しぶりに声が聞けて嬉しい」
「……俺も同じだ」
そう言って、間合いを詰めるべく俺は走った。
姉さんはついに弓を捨て、剣を抜いた。
だが剣戟ならば腕力の勝る俺の方が有利。俺の勝ちは見えていた。

力任せに剣を振るう俺に対し、姉さんはしなやかに受け流し、隙を突こうとしていた。
だが少しずつこちらが押し始め、ついに姉さんの脇腹を抉った。そして怯んだところで姉さんの剣を弾き飛ばす。
そのまま力任せに押し倒し、馬乗りになって姉さんの右腕を押さえつけ、掌を剣で突き刺した。剣の先は床まで食い込んでいる。これでもう利き腕は動かせない。
姉さんの悲鳴を聞いた。痛みに悶えて絞り出すようなその声を。いい声だと思った。
俺は姉さんの左手に指を絡ませて強く握り、喉元に噛み付いた。溢れる血に舌を這わせる。
姉さんの呼気に悲愴な声が交じる。
その声を、息を、自分の物にしたくて、俺はそのまま姉さんの口を塞いだ。
姉さんは苦しさのあまり、俺の右手を強く握り返してきた。指の骨が幾つか折れたが、姉さんに与えた傷に比べれば大したものではない。
あぁ、非力で可愛らしい姉さん。このまま犯してしまいたい――
そう思った瞬間、胸に重い衝撃を感じた。
喉の奥から熱いものが込み上げてきて、姉さんの口の中へぶちまけてしまった。
鉄の味がする。身体を起こし目を開くと、俺の血でむせかえる姉さんの姿があった。まだ生きていた、よかった――
自分の胸元へ視線を下ろすと、剣の先が見えている。
背後から胸を貫かれたのだ。そして剣はすぐに抜き取られた。
胸から大量の血液が溢れ出す。急に視界がぼやけてきて姉さんの上に倒れ込んだ、と思う。
もう何も見えず、身体の感覚もない。
ただ聞いたことのない男の声だけが聞こえた。
「ご苦労さま。これでこの城は落ちたし、呪われた双子も死んだ」

-- END --


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

首盃

歪んだ愛情を目一杯注ぎ、壊れた盃から罪を啜る。



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