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山崎まさよし「One more time,One more chance」(1997)

いつでも捜しているよ どっかに君の姿を
明け方の街 桜木町で
こんなとこに来るはずもないのに

歌詞の中に、この実在の地名が出て来るだけで、胸がきゅっと締めつけられる。
自分の記憶の中の桜木町が瞬時に蘇るからである。
聴き手の私的な記憶を即座に呼び起こすスイッチとして、地名は抜群の効果を持つ。
個人的な記憶が再生されることによって、普遍的な曲の世界が私的な世界へつながる。そして聴き手の曲への共感や思い入れが一気に高まる。
時間軸の違う「桜木町」と「私の桜木町」がオーバーラップする。
もちろん、地名というスイッチが無くても、この曲は多くの人を惹きつけてやまない。
失った「君」の姿を無意識のうちにあちこちで目で捜してしまう、それは、大切な人を失った人ならかなり共感できる行為ではないだろうか。
もう会うことのない姿を目の前に思い、涙がにじんでしまうかもしれない。
みっともなくふらふらとさまよってしまうかもしれない。
記憶の中の妄想の桜木町を歩いてみる。
「君」を捜して。

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