魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 62

「俺ここで待ってるから」ユエホワは肩をすくめて言った。「神たちにこっちに来るよう言ってくれよ」

「なにいってんの」私はまた頭にきて緑髪鬼魔をびしっと指さした。「なんで神さまがあんたのために歩かなきゃならないの」

「歩けとはいってない、ひょーって飛んでくりゃいいだろが」ふくろう型はまた肩をすくめた。「神なんだから」

「そういうことじゃなくて」私は首をふった。

「ポピー」祭司さまがおだやかに私を呼んだ。

「はい」私は返事をして祭司さまを見た。

「まずはそのキャビッチをしまいなさい」祭司さまは私の手の上にある黄緑色のキャビッチを指さしておおせになった。

 あれっ。

 いつのまに私はキャビッチを持ってたんだろう?

「――はい」私は狐につままれたような気分に包まれながら、言われた通りキャビッチをリュックへもどした。

「さてそしてユエホワ」祭司さまは性悪ムートゥー類を見ておことばをつづけた。「お前はおそらく、裁きの陣へ近づくとなにか痛い目にあうということを恐れているのだろうな」

「――さあ」緑髪はすっとぼけたようにそっぽを向いた。

「そう恐れることはない」祭司さまは深くうなずいた。「お前はなにも恐れる必要はない」なぜかくり返す。「神がお前を待っておる」

「そうだよ。行こうぜユエホワ」ケイマンがうながす。

「さいでございますよ、せっかくおこしいただいているのですからまいりましょうぜひ」サイリュウもうながす。

「すげえよな神たちに直接会ってものがいえるんだぜ。こんなチャンスめったにねえぞ早く行こうぜ」ルーロも興奮していつもの早口が二倍ぐらい早くなってうながす。

「じゃあ、お前らのうしろについていくよ」ユエホワは観念したどろぼうのように上目づかいでそう告げた。「先に行ってくれ」

「よし。ぜったいついて来いよ」ケイマンが笑顔になって歩き出す。

「さいでございますよ。ぜったい」サイリュウも歩き出す。

「逃げるなよ。ぜったい」ルーロも早足で歩き出す。

「ほほほ」祭司さまはゆったりとお笑いになりながら歩き出す。

 私は、ユエホワが本当についてくるかどうかふり向いてたしかめながら歩き出した。

 ユエホワも、むすっとした顔でしぶしぶ歩き出した。

 そうして私たちは、裁きの陣のところまで来た。

 裁きの陣は部屋の中ではなく、中庭につくられている。

 中庭の中央に、大人の人の頭ぐらいの大きさの石がぐるりと円形――直径が四、五メートルぐらいある――に置かれてあり、その円の中に、白い粉で魔法陣が描かれてあるのだ。

 その陣の中にいたのは、私にとってとてもなつかしい人――いや、神さまだった。

 フュロワだ。

 私たちの住む菜園界の、神。

 菜園界の、どこか遠くにある森の中に、ひそやかに住んでいる、神。

 そう、ユエホワにはじめて出会った時――それは私にとってはいまわしい思い出だけども、この神さまにもはじめて会ったのだ。

 私の父よりは少し若く見えるけれど、ユエホワなんかよりはずっと大人で、優しく落ちついた感じの人――いや、神さまだ。

 その神はいま、ルドルフ祭司さまがいった通り裁きの陣の中に立っていた。

 やさしく、ほほえみながら。

 そしてその唇がゆっくりと開き、フュロワ神は言った――「お前ら、なにたくらんでやがるんだ。ちょっと粛清してやるからこっち来い」手まねきする。

 先頭に立っていた三人のアポピス類たちは、絶句して立ちすくんだ。

 それは私もおなじだった。

 あれ?

 こんなだっけ?

 神さま……フュロワ神……って……

「ほらな」うしろで小さく、ユエホワがつぶやく。

「聞こえないのか。早く来いって」フュロワがそういうと、先頭に立っていた三人のアポピス類たちの体がふわりと空中にうかんだ。

「うわっ」

「あれえ」

「おおっなんだこれ」三人はびっくりした声でさけんだ。

 それは私もおなじだった。

「あれ」フュロワ神はつづけていった。「ポピーじゃないか」

「あ」私はうかび上がった三人からフュロワへ視線をおろした。「こ、こんにちは」

「やあ、ひさしぶりだね」フュロワは目をほそめてにっこりと笑った。「元気にしてるかい?」

「は、はい」私は大きくうなずいた。

「あれ、こいつらってポピーの知り合いなのかな?」フュロワは自分が浮かび上がらせた三人のアポピス類を下から見上げながら私にきいた。「友だち?」

「あ、ええとあの、私の学校に魔法を教えに来てくれた人たちで」私は上を見上げたり三人を指でさしたりしていっしょうけんめいに答えた。

「へえ、こいつらがそんな殊勝なことをするのか」フュロワは楽しそうに笑い、それからさらに「あれっ」といって目をまるくした。

「ども」私のうしろにいたユエホワが、ルーロよりもはるかに小さな声でつぶやくようにあいさつした。

「ユエホワー」フュロワの目が、きらりと光った。「やっぱりおまえか」

「なんだよやっぱりって」ユエホワは口をとがらせて文句をいった。

「聖堂の裁きの陣に鬼魔がこぞって押しかけてくるなんて、おかしいと思ったんだよ」言いながらフュロワはまた手まねきした。「どうせまたお前がなんかくだらんいたずらを思いついて、何も知らない若い鬼魔をだましてつれてきたんだろ。こっち来いおまえも粛清してやるから」

「おお」ルドルフ祭司さまがためいきまじりに言った。「なんという洞察力か。さすが神のお力は偉大なるものじゃ」

「ふざけんなよ」ユエホワは怒った声で言った。「くだらんいたずらでも、だましてつれてきたんでもねえ。俺はな」そこではた、と私を見る。「おいポピー、お前からいってやってくれよ、このおっさんたちに」

「おい」フュロワは目をほそめた。「神にむかっておっさんとはなにごとだ」

「おお」ルドルフ祭司さまは手に持つ杖を持ち上げて額に当てた。「なんという大それた罪深きことを」

「そうだポピー、君のすばらしいキャビッチスローをまた見せてほしいな」フュロワはまた私にむかってにっこりとほほえみかけた。「ちょっとこの不届き千万な性悪鬼魔に向けて、投げてみてもらえるかな」

「あ」私はいそいでリュックをたたきキャビッチを取り出した。

「やめろって!」ユエホワが大声でさけぶ。「おい、何のためにこんなろくでもねえ裁きの陣とかまで来たんだよ! ちゃんとわかるように説明してやってくれって! 地母神界のことを!」

「ん?」そこでフュロワははた、とユエホワを見た。「地母神界?」

「ああ、そうだよ」ユエホワは大急ぎでうなずいた。「俺、そこのやつらにさらわれそうになって、今もねらわれてんだ」

「そこのやつらって」フュロワは目をまるくした。「アポピス類?」

「ああ」ユエホワはまたうなずいた。「同じ赤き目を持つ者とかなんとかわけのわかんねえこといいやがってあいつら」

「へえ」フュロワはうなずき、それから後ろをふりむいて「そうなの?」ときいた。

「え」

「なに」

「おお」私とユエホワと祭司さまはおどろいた。

 裁きの陣の上にはそれまでフュロワだけが立っているように見えていたが、彼がふりむいて声をかけたとたん、彼の背後に別の人影――いや、神の影が、音もなくふわりとあらわれたのだ。

 それは、私も見たことのない、真っ黒な長い髪を持つ、背の高い男の人――いや、神だった。

「こいつは、ラギリス」フュロワはもういちど私たちの方を見て、たった今姿をあらわした神さまの紹介をした。「その地母神界の、神だよ」

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