魔法野菜キャビッチ3・キャビッチと伝説の魔女 86(了)

 その後、たおれたマントのアポピス類たちは、オルネット類たちの助けを借りてしばりあげ、地母神界へ引き連れていくことになった。
 その前に、私は菜園界まで送ってもらい、やっと帰れたのだった。
 菜園界はもう、お昼になっていた。
 世界壁を抜けたとたん、母からのツィックル便がひらひらと舞い落ちてきた。
「ポピー、おはよう。どこか冒険しに行ってるの?」
 届いた時間は……なんと……ほんの一時間前だった。ねぼすけさんだなあ。
 私はすぐに返事をした。
「うん、ちょっと冒険してた。おはよう」
 するとまた母からすぐに返事が来る。
「おばあちゃんの家に寄ってみてくれる? ドレスが出来たそうよ!」
「ほんと?」私は、今までの大変な“冒険”のことをすっかり忘れて踊りあがった。「うん、行ってくる!」
「じゃあ、ついでにお昼もおばあちゃん家で食べて来てね」母はちゃっかりそうつけたして、話は終わった。

     ◇◆◇

 祖母の家でランチをいただきながら、私と祖母とハピアンフェルは、地母神界のことやアポピス類のことを話した。
 私は「ユエホワから伝え聞いた話」として、鬼魔界に来ていたマントのアポピス類たち――地母神界から逃げ去ったやつら――を、ユエホワと「オルネット類たちが」協力してやっつけて、ラギリス神の裁きの陣まで引っ立てていったらしい、と報告した。
「まあ。素晴らしいわ」と祖母が言い、
「これでもう、安心ね。よかったわ」とハピアンフェルが安心して、私たちは笑った。
 ばれなくてよかった。
 まあ、ユエホワがわざわざここに来て本当のことをばらすはずないしね。
 ましてや他の鬼魔たちなんて、ここに来るだけで家にはじきとばされちゃうんだから。
 そして食後。
 私はついに、祖母お手製のドレスを身にまとうことになった!
 さらさらした肌ざわりで、軽くて動きやすい。
 うごくときらきらと輝くようで、胸元とすそに入れてもらった草花の刺繍も、とっても可愛い。
「すてき!」私はくるくると何度も回りながら、何度もそう言った。
「よろこんでくれて、よかったわ」祖母も目を細めてにこにこする。「夜なべしたかいがあった」
「ありがとう、おばあちゃん」私はもういちどくるっと回り、最高の笑顔でお礼を言った。
「本当にすてきよ、ポピーメリア」ハピアンフェルも、私のまわりをくるくると飛びながらそう言ってくれる。「お姫さまみたいだわ」

 そんな喜びの中、私はそのドレスを着たまま家に帰ることにした。
 ハピアンフェルも、森の木々のようすを見るため、とちゅうまでいっしょに来てくれることになった。
 私は森の道を歩きながらも、ときどき木陰の下でくるりと回ってみたりした。
 するするっ、と、ドレスはそのたびにしなやかな音を立てて揺れる。
 それがとっても気持ちいい。

「それ、ばあちゃんがいっしょうけんめい作ってたやつ?」

 ふいに頭の上から、そんな声が聞こえてきた。
 見上げると、緑の髪のムートゥー類だ。
 木の枝から飛び降りてきて、私のドレスをまじまじと見ている。
 地母神界から、もう帰って来たんだな。
「うん、そう」私は右や左に体をひねって見せてやった。「すてきでしょ」
「ふーん」ユエホワは目を細めて少しのあいだ見ていたが「けどそんなの着て鬼魔と闘えるのか?」ときく。「それ着てるときに鬼魔と遭遇したとして、キャビッチ投げられる?」
「闘えるわけないでしょ、なにいってんの」とは、もちろん答えない。
 だってこの生地を選んだ人も、これを作った人も、そしてこれを着ている私も全員、キャビッチスロワーだから。
「うん」私はふつうにうなずいた。「おばあちゃんが、ちゃんと投げやすいようにって、そで口とかわきのへんとか、背中のとことかギャザーでよゆうもたせてるっていってたよ。それに」私はドレスのわきにつけられているポケット口を手でひっぱった。「キャビッチも、十個ぐらい入るポケットをふたつつけてくれたって」
「まじかよ」ユエホワは片眉をしかめて半歩しりぞいた。「戦闘服だな」
 そんなことを話しながら、私とハピアンフェルとユエホワはのんびり森の中を進んでいった。
「ねえポピー」ふいにハピアンフェルが私に言った。「あなたはいつか、ガーベランティやフリージアを越えるほどの偉大なキャビッチ使いになるでしょう」
「え」私は少し肩をすくめた。「ありがとう」
「そしてその時、もしもあなたが自分を育ててくれた大人たちに、何か恩返しをしたい、お礼をしたいと思う日が来たら、ぜひして欲しいことがあるの」ハピアはふわふわと空中をただよいながら言う。
「ほんと? なに?」私はきいた。
「元気に明るく、前向きに生きること」ハピアンフェルはそう答えた。「それだけよ」
「え」私は目を丸くした。「でもそれって」
「いちばんの恩返しよ」ハピアンフェルはふわふわとまたたきながら言った。「大人たちがいちばん嬉しくて、喜ぶこと」
「――うん」私はうなずいた。「わかった」
「けど、わかりにくいかもな」ユエホワが口をはさむ。「それが恩返しだなんてこと……大人には」
「そうね」ハピアンフェルは上下に飛びながら、くすくす笑う。「大人は、あれこれ考えるのに忙しいからね」
「ぷっ」私は吹き出した。
「あははは」ユエホワも笑った。
「うふふふ」ハピアンフェルも笑った。
 私たちは三人で――人間と鬼魔と妖精の三人で、笑いあった。

 もうすぐ森を抜けるところで、ハピアンフェルとはお別れした。
「それじゃあ、またね。ポピーメリア、ユエホワス」ハピアンフェルは最後まで、緑髪鬼魔を“少しでもながい名前”で呼んでいた。
「んじゃ俺も行くわ。またな」ユエホワが草原の方へ向かって行きながら言った。
「パパに会っていかないの?」なんとなくそうきいてみる。
「別に」ユエホワは顔を半分だけこっちに振り向けて言う。「用事もないし。親父さんも忙しいだろ」
「そうかな」私はあまり父が“仕事をしている”姿を見たことがないのだ。ヨンベのおじさんみたいに何か実験するわけでもないし。
「まあ今日は、可愛い娘の新しいドレス姿を堪能したいだろ。俺は遠慮しとくよ」ユエホワはそう言いながらなぜか肩をゆすって笑う。
「でもパパはさ」私はちょっとむっつりしながら言ってやった。「ユエホワみたいな息子が欲しかったんでしょ。あたしのドレスよりも、ユエホワと話す方がいいんじゃないの」
 ユエホワは立ち止まり、くるりと振り向いて、はあ、とため息をついた。「お前、気づいてなかったの」きき返してくる。
「何が?」私もきき返す。
「お前の親父」ユエホワは目を細めて私を見た。「最初からずっと、俺と話すときにはいつも、自分から二メートル以内に必ずキャビッチを置いてたんだぜ」
「えっ」私は目をまるくした。「キャビッチを? どうして――」ききかけて、はっと気づく。
「そう」ユエホワは、私が何に気づいたかわかっているようにうなずいた。「いつでも、魔法――たぶん親父さん得意のマハドゥだろうな、発動できるように、ね」
「どうして」私は、ふたたびきいた。
「二メートル以内ってのが親父さんの、許動範囲なんだろうな」
「キョドウハンイ、って?」
「離れたところにあるキャビッチに、魔法を発動させられる限界距離のことだよ」
「――」私はまばたきも忘れて、ユエホワの赤い目を見た。
「お前のばあちゃんなんか、いわずもがなだよな」ユエホワは腕組みしながら首をふった。「いったい許動範囲何メートル……いや、何キロあるんだか」
「え」私はさらに目を見ひらいた。「おばあちゃんも?」
「はは」ユエホワは眉をしかめて笑った。
「――いつでも、攻撃できるように? ユエホワに? だって」私はジャッカン混乱した。「パパも、おばあちゃんも、ユエホワのこと」
「俺にはいつも、二人の心の声がきこえてたぞ」ユエホワはまた、ふ、とみじかくため息をついた。
「心の声?」きく。
「ああ。『ユエホワ、下手に動かないほうが、お前の身のためだぞ』ってな」
「――」私はもう、言葉もなく緑髪をただ見ていた。
「まあけど、今のところは、だな」ユエホワは手をおろし、胸をはって宣言した。「俺もまだまだ力をつけていくから、いつかは対等に闘えるようになる」
「――」
「覚悟しとけよ」くるりと背を向けながら、ユエホワの赤い目が私を横目で見てにやりと笑った。
「負けない」私もまっすぐに見返して、宣言し返した。
「んじゃ」ユエホワは片手をあげて言った後、歩き出した。
「あ、うん」私はその背中を見送りながらうなずいた。しばらく見送ったけれど、やっぱり声をかける。「ねえ、またうちに、来る?」
 ユエホワはぴたりと立ち止まり、少しだけだまっていたが肩越しに少しだけ振り向いて「ま、気が向いたらな」と答えた。
「うん」私はその答え方が照れかくしのように思えたので少し笑った。
「また明日ね」ユエホワはふたたび歩き出しながら言った。「ポピーメリア」
「うん、またあし」私は答えかけてから「えっ?」と、きき返した。
「ぷっ」ユエホワは背を向けたまま歩きながらふき出した。
「――」私は口をとがらせたけど、まあ、いいか……と心の中で思った。
 それからユエホワは翼をばさりとはためかせ、空へと飛び上がり、すぐに小さく、見えなくなった。
 私も箒にまたがり、同じように空に飛び上がって、ユエホワとは反対の方へ――家のある方へ、向かった。
 明日また、あの緑髪鬼魔が人間界にやってきて悪さをしないように、注意しとかないといけないもんな。
 そして明日学校に行ったら、まずはヨンベに話さなきゃ。
 ヨンベのくれたキャビッチと、おじさんの渡してくれた魔法の薬が、どれほどすばらしいはたらきをしてくれたかを! ――地母神界で、ということにして。
 ああ、早く明日にならないかな。
 私は笑いながら、箒でぎゅんっと飛んでいった。
          了

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