魔法野菜キャビッチ3 キャビッチと伝説の魔女 68
大工の人たちは、菜園界から持って来た道具で、さっそく木を切ったり石を掘りだしたり土をこねたりしはじめた。
ルドルフ祭司さまはじめ聖職者の人たちは、アポピス類――人間の形をしたものも、ヘビの形をしたものも――たちをまわりに集めて、神さまを敬うためにどのようにしたらいいのかを教えはじめた。
アポピス類は、私たち人間を見つけたときとおなじくどこかのんびりと――というかぼんやりとした感じで聖職者たちの話を聞いていたが、ふとその中の一人が「神さまってなに?」と質問しているのが聞こえた。
そうか、まずそこから教えはじめないといけないのか……大変そうだなあ。
私はやることがないので、にぎやかな地母神界の大地の上でぼんやりとまわりを見回した。
そこはまだ――まだ、妖精たちの手がのびていないようで、湖もあるし、その向こうに森もある。森の向こうには草原が広がっていると、箒でテイサツにいった人が話していた。
「ポピー」母に呼ばれてふりむいた。
母は十メートルぐらい離れた森の入り口近くに立っていて、そこには他にたくさんの大人たち――たしかキャビッチスロワーとしてここへ来た人たちだ――もいた。
「こっち来て」手まねきする。「みんなで、キャビッチを一個ずつ出して植えようってことになったの」
「植える?」私は小走りに向かいながら目をまるくした。「土は?」
「作るのよ、今から」母はウインクした。
「ええっ」私は母の前に立ち止まりながらますます目をまるくした。「作る? 土を? どうやって? だって土って神さまが」
そう。
私たち菜園界の人間は、ある年齢に達すると神さまから“土”を与えられるのだ。自分のキャビッチを植えるための、土を。
それは神さまから「お前はじゅうぶんに勉強を積んで、オリジナルのキャビッチを作るのにふさわしいキャビッチ使いとなった」と認められるということだ。
ヨンベはもうすでに自分の“畑”を持っているけれど、それはあくまで“練習用”で、土じたいはおじさんのものを借りている。それも“勉強”のうちになるので、問題はないらしい――人の土をだまって盗んで、許可なく使うと恐ろしい罰がくだる、らしいけど――
「いるじゃない」母は目を細めてけらけらと笑った。「神さまなら」
「あ」私は口までまるくした。
「うん」森の入り口のすぐそばで、フュロワがたたずみ、微笑みながらこちらを見てうなずいた。「土、作るよ」
そうしてフュロワ神は大地に両方の手のひらを向け、目をとじた。
たちまち彼の周囲に黄金の光が生まれ、人びとは「おお……」とため息をもらした。
あたりにいい香りのするあたたかい風が吹き、私たちはえもいわれぬ幸福感に包まれた。皆の顔に優しい微笑みが浮かぶ。
やがて大地も黄金色に輝きだし、かすかな音色、美しくすみきった、聞いているだけで心が洗われるような音が、そこから聞こえてきた。
きらきらきら。
神の土が、生まれているのだ。
皆はただ、言葉もなくためいきをくり返すだけだった。
黄金色の土は少しずつ広がってゆき、私たちの足の下も黄金色に輝きはじめた。きらきらきら、と足もとからもきれいな音が聞こえてくる。
神聖な、土だ。
私たちは全員、えもいわれぬ幸福感に包まれたまま目をとじ、両手を胸の前に組んで感謝の祈りをささげた。
「あれ」そのときふいに、フュロワ神がそう言った。
「え」
「ん」人びとはいっせいに目を開いた。
一瞬のうちに黄金色の光は消え、いい香りも幸福感も、すとん、と足もとに落っこちたかのように消えうせてしまった。
「ど、どうしたんですか」
「神さま」
「土はできなかったのですか」人びとはいっきょに不安げな顔になり質問しはじめた。
「いや、だいじょうぶ」フュロワ神はにっこりと笑った。「土はできたよ。けど地下にアポピス類たちの巣があったみたいで、いっしょに巻き込んじまった」
「えっ」
「アポピス類の」
「巣を?」
「土に?」人びとは目をまんまるく見ひらいた。
「うん」神はうなずいた。「悪いことしちまったな。あっちにいるヘビ型のやつらの巣だろうな」聖職者たちが神について話をしている方を見やりながら言う。
「怒るかな」私は心配になった。「アポピス類たち」
「うーん」神は腕組みした。「ラギリスに、なんとか話してもらおう」
「それよりも」
「だいじょうぶなのですか」
「アポピス類の巣の混じった土で、キャビッチは育つのですか」人びとはそっちの方を心配していた。
「うーん」神は首をかしげた。「育つとは思うけど……今までやったことがないから、どんなキャビッチになるのかわからないなあ」
そのときだった。
ぼこっ、と音がして、私たちの足もとの土が何か所か、もり上がったのだ。
「うわ」
「えっ」皆はおどろいて、片足をもちあげたり飛び上がったりした。
ぼこぼこ、と音がつづき、もり上がった土の下から、ぴょーん、となにかが飛び出してきた。
「うわっ」
「きゃあっ」人びとはおどろき悲鳴をあげた。
出てきたのは――ちいさな、ヘビだった。
ヘビの、赤ちゃんだ。
長さが私の手のひらほどしかなく、太さも私の指ぐらいで――そしてそれらはすべて――
黄金色、だった。
「な、なんだこれは」
「ヘビ――金色のヘビだ!」
「うわあっ」人びとはおどろきのあまり叫び声をあげた。
「ああ」フュロワはうなずいた。「一気にあたためちゃったから、影響受けたうえでかえったんだろうな、卵が」
「目が」だれかが言う。「赤い」
「本当だ」
「目が赤い」
「おお」つぎつぎに皆が言いはじめる。
たしかに、今土から出て来たアポピス類の赤ちゃんたちは全員、全身が黄金色で、目が赤かった。
なんともはでな、色合いだった。
「で、でも」私は心配になった。「いいのかな」
「うん」フュロワはあっさりとうなずく。「まあ天敵がいるわけでもないし、アポピス類は生まれたとたんに自立して巣を出て行くから、ほっといてもだいじょぅぶだろう」
「そうなの?」私は神を見上げた。
「ああ」神はにっこりと笑ってウインクした。「ラギリスもいるしね」
「ラギリス――」私はまわりを見回した。「って、今どこにいるの?」
「ああ、あっちに」フュロワは聖職者たちのいる方を指さした。「今たぶん、これが神だ、ってな感じで紹介されてるところじゃないかな」
「――」私は、キューナン通り聖堂の裁きの陣ではじめてラギリス神に出会ったときのことを思い出し「だいじょうぶ、なのかな……」そっと、つぶやいた。
キャビッチスロワーたちはそれから、一人一個ずつ出し合ったキャビッチをそれぞれ神の土の上に置いた。
しばらくはなにも起きなかったけれど、やがて一個、また一個と、キャビッチの葉がゆっくりとひらきはじめた。
「うわ」私は思わず声をあげた。
キャビッチの葉が、だれもなにもふれていないのに勝手にそんなふうに外がわへひらいてゆくところを、はじめて見たのだ。
でも、学校の授業でたしかに聞いたことはある。
今後神から土を与えられたならば、まずはひとつのキャビッチをそのまま土の上に置き、心をとぎすませてしばらく待つように、と。
そうすれば、土とキャビッチが“仲良く”なり、やがてキャビッチが葉をひらいて花を咲かせ、つづいて実をむすび、種がつくられる。
その種を取って、土に植えるのだ。
適度な間隔をあけて、ふんわりと土をかぶせて、セレアの水をたっぷりと与え、ようすを見ながら芽吹きを待つ。
それから必要におうじて土に栄養をあたえたり薬をつかったりして、キャビッチを育てていく。
私は、私のリュックから出して母に渡したキャビッチの葉が、他のものとおなじくゆっくりと葉をひらいてゆくところを、まばたきもせずに見つめていた。
「ふしぎな感覚でしょ」母がにこりと笑って言う。
「うん」大きくうなずく。
「いい練習になるよね」父もほほえむ。「なにしろ、神の手によるつくりたての土だ――しかもアポピス類の巣入りという、特別製」なんだか声がわくわくする。「ああ、ぼくもキャビッチを持ってくればよかった」
「よくいうわよ」母が肩をすくめる。「ふだんは畑の手入れなんていっさい手伝いもしてくれないくせに」
「ああ、ふふ、うう」父はなにも言い返せずしどろもどろになった。
そうこうしているうちに、キャビッチたちは一個また一個と、丈たかくのばした茎の上にあざやかな色の花をさかせはじめた。
「うわあ」私は感動の声をあげ
「まあ、きれい」
「いい色だ」
「うん」他の人びとも、やはり感動を口にしていた。
ピンク、オレンジ、赤、緑、黄色に青。
いろんな色。
咲きたての花たちはみずみずしく、ぴん、と花びらをいっぱいにひらかせていた。
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