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脚本 コインランドリーの天使

 お久しぶりです。山野莉緒です。

 改めてお知らせですが、演劇ユニット小雨観覧車は昨年11月に上演中止となった「ネモフィーラ」をもって解散となりました。
 劇団浅葱色から約4年間、6作品、ありがとうございました!

 あっという間に半年経ってしまい、その間に誕生日も迎えて23歳になりました。
 先日、コインランドリーの天使の映像があったら買いたいというお声をいただいて、うれしくて少し元気が出ました。
 映像については記録用に収めただけなので公開は未定ですが、脚本を公開することにしました。

 「コインランドリーの天使」、「どうかこの花を受け取って」、そして上演できなかった「ネモフィーラ」の3本をnoteで販売します。
 会場にて500円で販売したため、600円です。
 ストーリーに変更はありませんが、加筆・修正のため上演台本とは内容が一部異なりますのでご了承ください。


 この本は、一人暮らしを始めてすぐの頃に書きました。洗濯機を持ってなかったので、マンションの1階にあったコインランドリーに通ってました。
 一人でいる時間が増えて、誰かと話すとか、誰かを思うとか、誰かと一緒にいるってどういうことかなと思ったときに生まれた話かもしれないです。
 楽しんでいただけたら幸いです。

 挿入歌にLEGO BIG MORLの「Ray」「あなたがいればいいのに」、EDにAJISAIの「コインとランドリー」をお借りしました。どれも素敵な曲なのでぜひ一緒に聴いてみてください。


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「コインランドリーの天使」山野莉緒


【登場人物】
浅沼 千尋(あさぬま ちひろ)
れい
柳田 秀一(やなぎだ しゅういち)
サマンサ
ミカエル
店員


第一場 コインランドリー

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 穏やかな日差しが降り注ぐ、平日の午後。住宅街にひっそりと佇む小さなコインランドリーの隅で、れいは一人、ぼんやりと椅子にかけ、洗濯機の奥の深い渦を見つめていた。
 彼が来る前に身を隠さなければと、頭では思っていた。彼とは今回の監視対象である浅沼千尋。しかし彼女は疲れきっていた。まるでその渦の中にいるような日々の繰り返しで、ずぶ濡れた心はぐちゃぐちゃに掻き回されていた。
 浅沼もまた、晴れ渡った空とは裏腹な仄暗い気持ちを抱え、歩いていた。彼からはそこはかとなく夜の香りがする。初めからこうではなかった。しかし、水清ければ魚棲まずという。この世の中で、潔白であるのは難しいことだった。
 だらしない暮らしは心身を蝕み、足取りは覚束ず、痩せた首からは咳がこぼれる。衣服の詰まったバッグをほとんど引き摺るようにして、決して遠くないこの店に、彼はやっとの思いでたどり着いた。
 踏み慣れたセメントの緩い階段を上ると、店内に立ち込める石鹸の匂いに混ざって、目を瞑りたくなるようなよい香りがした。誘われるように顔を上げると、そこには少女がいて、その背中には洗いたてのタオルのように真っ白な、羽根が生えていた。

 間。

浅沼 「……天使?」

 浅沼の声が空気を揺らし、れいもまたゆるやかな風を起こして振り返った。視線が交わり、ふたりは出会う。



【オープニングアクト】
 人々、必死の形相で洗濯物を投げ合う。
 洗濯機に閉じ込められる浅沼。
 人に揉まれ衰弱していく様を、れいは人に交じって眺める。



 浅沼が我に返ると、そこにはただ小さな背中がぽつんとあった。

浅沼 「えっ? あれ」

 れい、何食わぬ顔で彼を見つめ返す。
 間。

浅沼 「あ、えっと……なんでもないです。……すいません」
れい 「……そ」

 浅沼の胸にはしこりが残ったが、当の彼女の冷静さを前にして、口にすることは憚られた。
 気を取り直し、洗濯を始める。慣れた手つきでボタンを操作し、洗浄を終えた洗濯槽に衣服を放り込む。あとは待つのみ。しかし空いた手は彷徨うことなく、そこまでが一連の動作であるかのように、ズボンのポケットへと向かっていく。
 指先が紙の箱を引っ掻いたときに、彼ははっとして、躊躇いがちにれいを見る。

浅沼 「あの」
れい 「……何?」
浅沼 「……煙草、吸ってもいいかな」
れい 「……どうぞ」

 店内にはいくつかのパイプ椅子が乱雑に置かれている。浅沼は手近な一つを取って、入口近くの、風通しがいい場所に運んで腰かけた。
 取り出した煙草は、ぼんやりした薄黄緑のパッケージが安っぽい”わかば”。それに対してライターは、不釣り合いな高級品だ。
 れいにはその煙草が、くじのように見える。果たしてどの一本が、彼の息の根を止めるのか。心にさざ波が立つ。彼は大きく煙を吸い込んだが、病んだ身体には無茶だったようで、激しく噎せている。つい、ため息がこぼれた。
 浅沼は彼女が迷惑がったものと勘違いし、小さく頭を下げた。れいは一瞥もやらなかった。その隙に、浅沼はその背中をよくよく眺める。
 白いワンピースが、同じくらい白い肌を柔らかく包んでいた。コントラストを描く黒髪は、少女らしい細い肩から背中へさらさら流れている。小さな背中、そこに羽根はない。

れい 「ねえ」

 間。

れい 「ねえって」
浅沼 「……おれ?」
れい 「他に誰かいる?」
浅沼 「……そうっすよね」
れい 「そんなに私が気になる?」
浅沼 「は?」
れい 「見つめすぎ。さっきから視線が痛くて私、もうあちこちから血が出そうなんだけど」
浅沼 「視線」
れい 「うん」
浅沼 「いや、別に」
れい 「ずっとこっち見てたでしょ?」
浅沼 「見て……た。です」
れい 「見てたですね」

 間。

浅沼 「見てたんじゃなくって、ただ……観察だよ」
れい 「は?」
浅沼 「いや……すいません」

 対象から、逆に観察されるとは思っていなかった。れいは愉悦を覚え、先を促す。

れい 「で?」
浅沼 「え?」
れい 「何かわかった? 私のこと」

 間。

浅沼 「若いし、昼だし、学生かな、とか」
れい 「なるほど」
浅沼 「その靴はおろしたてかな、とか」
れい 「へぇ、鋭いね。どうしてそう思う?」
浅沼 「最近よく見てるから、靴屋。おれ、これ二年ぐらい使ってんだけどさ、いい加減履き潰しちゃいそうなんだよね」
れい 「ふぅん。今朝おろしたばっかり」
浅沼 「おっ、ビンゴ!」

 浅沼、ぱっと顔を綻ばせる。それを見て、れいはくすりと笑った。するとたちまちぎこちなくなり、すごすごと俯いていく。愛らしい仕草だった。

れい 「ねえ。他には?」
浅沼 「他?」
れい 「うん。他に」
浅沼 「えっと……なんでコインランドリー来てるのかなって。洗濯機、ないの?」
れい 「ない」
浅沼 「一人暮らし?」
れい 「まぁね」
浅沼 「そっか、一緒だ。おれも、美大行くために上京してきたんだ。一昨年卒業したけど」
れい 「ふぅん」
浅沼 「親には学費しかもらえなくて……それだけでも感謝しなきゃだけどな。洗濯機なんて買えなかったー。バカたけぇんだもん」
れい 「電気と水道かかるしね」
浅沼 「そーなんだよ! おれも同じこと思って」
れい 「気が合うね」

 間。

浅沼 「あ、うん……。合いますね」

 無機質な電子音が鳴り響く。れいの向かいの洗濯機が、ゆるやかに回転を止めた。彼女は立ち上がり手を伸ばす。その動作があまりに優美なので見蕩れていると、そのうち視線が行き合う。

れい 「……えっち」
浅沼 「!」

 浅沼は慌てて顔をそむける。女性の洗濯物を見るつもりはなかった。しかし、彼女は弁解の隙を与えることはなく、あっさりと去っていく。

れい 「じゃあね」
浅沼 「おう……! さよなら」

 ようやくいつもの沈黙が訪れる。聞こえるのは、洗濯機が一台回る音だけ。

浅沼 「そんなにやばいのかな、おれ……幻覚見るなんて……」

浅沼は吸い込んだ煙を溜息とともに吐き出した。

浅沼 「……天使だったよなぁ」

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