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走り出すのは、いつだって理由がある

走ってた、aoikaraです。

理由は簡単。電車に間に合わなさそうだから。

歩いたら間に合わないな。早歩きなら行けるか。いや無理そうだな。で、走る。けど走り続ける体力はないから、ときどき歩く。そして、また走る。歩く。繰り返し。

記憶違いで出発時刻を間違っていて、出発2分前にホームに到着した。ギリギリ間に合った。おかげさまで、とても肌寒い日なのに顔を真っ赤にして汗だくで、何かから全速力で逃げてきた人にしか見えない状態で電車に揺られていた。


私は走るのが苦手。理由は体力がないから。体力をつけようと早起きをしてジョギングしてみたこともあるけど、息が上がって走り続けられなくて、歩いて、また走って、歩いて……と結局今と変わらない状況になってしまって諦めた。体力をつけるための体力がない。

歩き続けることはできる。気がつけば10km歩いていた、とかごくたまにやる。在宅ワークなので歩く量がほかの人より著しく少なく、久しぶりにたくさん歩くと末端冷え症でいつもはひんやりとしている足先がじーんと熱を持つ。でも、息は上がらないし、苦しくないし、歩き続けるのは好き。


走り続けられない私の体は、私の心とも似ていて、きっと心も走り続けるのが得意ではない。最初はうまくいっている、と思っていても、徐々に無理をして息が上がって、休憩したらいいけれど、きっと倒れてしまう。

私の心も、歩き続けるのが得意なのだと思う。私のペースで、私らしく。色づき始めた葉っぱの先を見つめたり、遠くに見えている山がほんのり赤くなっているのに目をこらしたり、散歩しているウキウキの犬を見てウキウキしたり、そうやって歩く。人生も。

でも、ときどきは走る。今日みたいに。走らなきゃいけないときは。長い横断歩道を渡っていて、足を踏み入れたけっこう序盤で青信号が点滅しだしたら走る。小走り。あ、でも、心という意味では、焦りで走るのはあまりよくないな。できれば、走ろうと思って走りたい。


走り出したいときはあるけど、だけどどこまでも行きたいときは、できれば歩き続けよう。きっと私らしい。

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