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福祉現場3年目の本音。

私は新卒から3年目、福祉現場の相談職として従事しています。
大学は「社会福祉専攻」を卒業しましたから、もちろん「福祉」について学んできたつもりです。
しかし、やはり「勉強した福祉」と「現場」は全く別物。勉強した福祉が「ムダ」だと言っているのではありません。
学生時代、「福祉は科学的根拠に基づく支援を行う学問である」と学びました。ですから、やはり勉強は必要なのです。

ただ、勉強しただけでは分からないことが多すぎる。

これは、現場に出てから分かること、学ぶことが多いという実感です。福祉現場だけではないでしょう。

たとえば「バイスティックの七原則」。
学生時代のときは「こんなの当たり前だろう」と思っていました。しかし。

現場で、実際に「対人間」のやりとりをすると必ず生まれるのです、色々な感情が。
分かりやすい失敗をあげれば、支援の最中に苛々した感情を抱いていたこと。かわいそうだと思ったこと。距離感を詰めすぎたこと。

自分自身で自覚できたものもあれば、無自覚だったソーシャルワーク実習の間に指摘され、今でも注意していないと忘れてしまうものもあります。
ケースワークは、誰かへの支援を行うと同時に、自分自身の成長がついていくものだと思うのです。
相手への気付きは、自身の気付きにも繋がります。仕事をあとは、時間があれば数分、無ければ一瞬でもいいから。支援の振り返りをして、「気付きの時間」をつくるようにします。

「個別化の原則」
言葉の通りですが、福祉は学問であり私たちの仕事ですから、「このような問題に対してこのようなアプローチをしたら成功した」と同じ例が積み重なったら、それは忘れずにグループ化することも大事。科学ですから。
支援という仕事をする側がパンクしないように、ある程度グループ化、支援の枠組みを設定することも大事だと、私は思います。
ただ、原則は原則。根底に「個別化」の意識を持っていることが前提です。

福祉現場に限らないことと思いますが、「正規ルートを知らずに近道だけ知っている、あるいは近道を正規ルートだと思っている」仕事をする人がいます。
私、これ嫌い。(笑)
まず原則、正規ルートあっての近道を辿ってくれないと、たまにゴールがブレる人がいます。あるいは、通行止めを食らったときに対処できない人が出てきます。
近道は時短で効率がいいけど、ちゃんと正攻法を知ってから臨むことで、失敗したときのリカバリー力がつきますので。



福祉の現場って、想像以上に重い。
もちろん、支援側より支援を受ける側の方がつらくて重い気持ちになっているのは理解しなくてはいけないことですが。私たちにとっても重いのです。
「何十年も引きこもっている」
「虐待を受けていた」
「全部がうまくいかない」
いろんな困り事が、私たちのところに集まってきます。
ただそれが、1人ひとつではなく、1人で何件もの課題を支援していかなければならないのです。
「仕事なんだから」と割り切らないと、正直やっていけない。

何よりつらいのは、「SOSの発信をしない方への支援」。

たしかにそこに課題はあるのに。
支援の提案をしていきたいのに。

行き詰まってしまうとき、もっと寄り添って話をしたいと思うのに、「時間が足りたい」。
どうしても、自らSOSを発信できる人、何度も訴えかけてくれる人から手をつけていく仕事になってしまっているように思えます。
これは、私個人の問題かもしれませんが。。。
持ち件数もう少し少なかったら、こっちの支援を重点的にやりたいなあ、なんて思うのは、私がまだまだ、仕事管理ができていないからだと反省しております。反省反省。


福祉現場で仕事をしていて、「大変だなー」「つらいなー」って思うことはたくさんあるけど、この分野自体を嫌いになれないのはどうしてでしょうか。
今はまだ未熟だけど、これからもっと成長する意欲はありますので。

今後ともこの分野で頑張らせてもらいたいものです。

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