心の癒し方

今日は心のことをちょこっと、書いてみようと思います。

多分、多くの人が、心そのものを「自分」と思っているのではないでしょうか。


ヨガでは実は、心とは自分のことではありません。


心はいつも現実の波に呑まれ荒れ狂い、悲しくなったり、寂しくなったり、うれしくなったり、怒ったり、喜んだり、落ち込んだりと大騒ぎをしています。


そんな心をコントロールできなくて失敗した経験を誰もが持っていると思います。


私も子どものイライラに影響され、イライラした気持ちを言葉にしたことが何度もあります。

そのたびに後悔しては、ちょっと自己嫌悪。

次こそは怒らない。。。。そう思っては失敗を繰り返してきました。


心が自分のものであれば、もっと自由自在にコントロールできるのではないか、と思いませんか??


ずっと落ち込んでいたり、自分は不幸だと思っている人も世の中にはいます。

そんな時に心を私たちはどう扱ったらいいのか。


ヨガではまず、見るもの、見られるものに分けることが大切と教えています。


見るものというのはいつも穏やかに自分を見つめている、自分の中にある「見る」という機能だけを持った純粋な存在。

これをヨガではアートマンといったりプルシャと言ったり、大きな自己と言ったり、本当の自分と言ったりしています。


実は、みんな見るものを意識したことがあるはずです。

例えば誰かに怒っているときに、そんな怒らなくていいのに、、、、と冷静な自分がいたり、ケンカして泣いているときに、そろそろ謝ってくれたら仲直りできるのに、と考えている自分がいたり、常に冷静で穏やかな自分です。


自分のことを観察している自分がいることに気づきませんか??

心理学ではこれをメタ認知と呼びます。


心というのは、実は観察できるもの。

そして、観察できるということは、心というものは本当の自分そのものではありません。


観察しているいつも穏やかな見るものが、本当の自分であるというのがヨガの考え方になります。


観察するというのは、すごく大切で、例えば、あ、ここ、いつも私が怒るところだ!ということに気づくと、怒りを内にとどめることができるようになります。


ただ、これは、自分に対して、怒っちゃダメ!!という否定するのではなく、怒っているんだな、怒る気持ちもあるよね、大丈夫だよ、と自分に寄り添うように感じてあげる。

そこで一拍自分を見てあげる、認めてあげると不思議と心が凪いでいきます。


もっと具体的に言ってしまえば、私の場合は子どもをぎゅっと抱きしめて、「今ね、ちょっと気持ちがざわざわしてるから、ちょっと落ち着かせてね」と言ってしまうこともあります。

そうするうちに、子どもも私も気持ちが落ち着いて、言いたくない言葉を言わずに済むことができるようになります。


うまくいかずに、子どもがそのあともイライラしているのは、私の問題ではなく、子どもの問題。

自分がそれに巻き込まれる必要はなく、親としてイライラにどう対処しているかを子どもに見せることが、子どもの学びになっていく、、、、、と思いたい。笑


自分の心を見るもの、見られるものに分けること。


そして、見るものが私であると知ることで、いろんなことに振り回される必要はないのだと気づくことができます。


ただ、心というのは、コントロールしようとすると暴れまわるもの。


失恋して、すごく悲しい時に、明るい気持ちにしようとして、ポップな音楽をかけるより、失恋ソングを聞いたほうが癒されますよね。笑

無理やりだとか、反対の意見というものに、心は抵抗します。


そして、子どもも親にコントロールされることが大嫌い。

子どもの心の成長にとって、大切なのはコントロールされることではなく、認めてもらうこと、愛してもらうことです。


心というのは、認めて愛してもらうことがずっと必要な存在なのだと私は思っています。


ヨガでは瞑想を通して自分に向き合い、自分を慈しむ時間を持ちます。

そうすることで、心は見るもので満たされる。

見るものと見られるものが一つになって、穏やかにいつでも幸せでいられるように。

ただ、生活の中にいきなり瞑想というのは難しいものだから。

疲れた時や、落ち込んでいるときは、まずその気持ちに寄り添って、自分を甘やかす時間を持っていくことが、自分の心と上手に付き合っていく方法なのだと思います。


自分の心をいつも慈しんで包み込んで。


そんなわけで、私はおいしいものを食べたり、好きな人と過ごしたり、ヨガをしたり、瞑想をしたり、子どもと遊んだり、自分のできる範囲で自分を甘やかしていきたいと思います。笑


自分で自分の癒し方、マスターしましょう。


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