見出し画像

【短編】EXIT

「そのレキシは、センセーの頭ん中だけで起きたこったろーがよお」
マコトは国語の教科書をぺらぺら捲りながら、教壇に立つ教師の背中に向ってそう言い放った。
生徒達の視線が一斉にマコトへと注がれる。

「溺死?」
教師が振り返りながら怪訝そうな顔をして訊き返す。
「ちげーよ、レーキ―シ。日本史の時間に溺死って聞き間違えるってなかなかのレキシ教師じゃん」
マコトは半笑いでそう言うと、両腕を頭の後ろで組んで椅子にもたれ掛かった。
窓の外をちらっと見遣る。
運動場では真新しい体操服を着た女子達が、きれいに整列したまま体育教師を注視している。
マコトは、ご苦労なこったと思いながら、また教壇に視線を戻した。
窓際にあるマコトの席には、午後の日差しが射し込んで、机の上が白く光っている。
教師は眩しそうに目を細めながら
「取り敢えず日本史の教科書を出せ」
と呆れ気味で注意した。

「そもそもなんで開国の話から始まんの?クソ詰まんねーじゃん」
マコトは黒板を顎でしゃくってみせた。
指示されたわけでもないのに、生徒達も一斉に黒板を見遣る。
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと出せ、授業中だぞ」
「ごちゃごちゃ言ってねーしハッキリ言ってるし、でもってセンセー話逸らしてねえ?」
板書に戻りかけた教師が再び振り向く。面倒臭い生徒がいるもんだと呆れながら。

「センセーは危ねーなとか思ったりしねーの?」
「何を」
「これが正しい事実なんだぞって、ウブな子供に刷り込んじまうことをだよ」
「じゃあなんだ、お前は開国が嘘だったとでも言いたいのか」
訊き返された教師の言葉に、マコトは失望した。少し俯いた後、両手で茶髪を掻きあげた。
「センセーの尺がそんなレベルなんだぜ?質問が、答えの次元を限定させちまうってこと、わかって訊いてんの?」
マコトは溜息をつくと同時に
「これだから詰まんねーんだわさあ」
と吐き捨てた。
教室は相変わらずしんとしている。

「兼谷(かねたに)、あとで職員室に来い」
予定の箇所まで授業を進めたい教師はマコトに向ってそう言い放つと、また黒板に向き直った。
マコトは黙っている。
生徒たちはすごすごと前へ向き直ると、黒板に書き連ねられていく文字を逐一書き写し始めた。


そのときだった。
突然窓の方からバサバサッという音とともに、ふくよかな風が流れ込んで来た。
生徒も教師も一斉に振り向く。

そこには、大きな翼を背中でバタつかせながら、窓際でホバリングしているマコトがいた。
教室がざわめく。
教師が落としたチョークが割れる。

「すげー何あれ、なんかデスノートの死神みてえ」
「でも羽、白いよ?」
生徒の会話を聞いて、マコトがだらしなく笑う。

「羽があるから飛べるんじゃねーんだわ」
そう言い放つと、大きく翼を振り下ろして、窓から教室の外へと飛び出した。
窓の外から教室を眺めて、ニヤニヤ笑っている。

「オメーらが地面を歩いてんのといっしょ。足があるから歩けてんじゃねーべ?地面がオメーらを押してくれてっから、アホなオメーらでも歩けてんだべ」
そう言って上空を振り仰ぐと、また大きく翼を振り下ろした。長い茶髪が空中で横流しに靡いている。

だがマコトは、そのまま飛んで行くのを躊躇して、またいそいそと教室の窓際まで戻ってきた。

「あと、あたしの苗字、兼谷(かなや)って読むんだわ」
日本史の教師は、教壇の上でぽかんとしたまま突っ立っている。
それを見てマコトがゲラゲラ笑った。
彼女が空中で上下する度に、短くしたスカートがふわふわ揺れる。
それからくるりと校庭のある方を向くと、それっきり振り返らずに、空高くまで羽ばたいていった。

翼の先が、陽光に当たってきらりと光って見えた。


【YouTubeで朗読してます (ここクリックすると動画に飛べます)】



--------------------------------------------------------------------------------------

あとがき


EXITの兼近さんの喋り方が
個人的にだいぶ好きで
この物語の主人公の声として
真似てみたのですが
全く上手くいきませんでした . . .
聞き苦しくて、申し訳ないです。。

--------------------------------------------------

真実を自分で見極めていくことは
大切なことです。

ですが、
その真実と呼ばれるものですら
「揺らいでいる」ものだ、
ということも
知っておく必要があると思います。

それはなぜか

真実を見極めようとする
「人間」それ自身が
揺らいでいる生き物
だからです。

もちろん
「揺らいでいる」こと
その事自体に
良いも悪いもありません。
海が常に波打つことに
良いも悪いもないように。


伝わってるといいんだけど…
隠喩的で
しかも拙いことばでしか言えなくて
ごめんなさい。

この作品を生み出すにあたり
インスピレーションを
与えてくれた一節を
ここに引用しておきます。

"時間外のものごとの「始まり」を見つけるには、時間内では不可能です。
だとすると「ビッグバン」は、
ただ観察者の頭の中だけで起きたにすぎないということです"


(『パワーか、フォースか』改訂版
 デヴィッド・R・ホーキンズ著より抜粋)




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?