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音楽を小説に

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いつも支えてもらっている曲たち。 その世界観を自分なりに解釈し、想像して物語へ。
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#sleepless_night

my sweetest one

my sweetest one

父さんの部屋。
別に立ち入り禁止ってわけじゃなかったけど、こっそりと忍び込むのが楽しかった。

難しそうな本が並ぶ書棚。ゆったりとした古い皮の1人がけソファ。スタンドに立てかけられたアコースティックギター。部屋の端にぶら下がった金色に光るランタン。壁にかかった写真たち。

そして部屋の隅の小さな箪笥の上に鎮座するレコードプレイヤーと、たくさんのレコードたち。ひとつひとつが放つ目に見えない小さな光が

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六等星の夜

六等星の夜

星のような、星より強い夜のひかり。
その余りの強さに、いくつもの夜空の光が消える。
いや。消えたようにみえる。

作りものに比べてどんなにか細く、
どんなに不安定で頼りなく見えても。
小さな光はひとつひとつがそっと息づいている。

お隣さんに手を伸ばす光がいる。
手を繋いで何かを形づくる光がある。
自らの輝きを高める光もいる。
静かに温かく周囲を照らす光がある。

でも光が、どうしようもなく暗くな

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Ref:rain

Ref:rain

そうか。そうだね。
ひとの気持ちが手に取るようにわかるなら。
他の誰でもない。愛する人の心が知れるなら。
私もそう、思ったことはあるよ。

わからない怖さも。そこでした失敗も。
思い出せる。昨日のことのように。

嘘じゃないよ。
たくさん間違いもあったし、人も自分も傷つけた。
いっしょ。あなたと同じ。

吹き込んできたね。窓閉めようか。
雨、きらい? そっか。
私はね、好きだよ。雨。
大切なことを

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Iris

Iris

ねぇ。キミは覚えている?
ふたりが過ごしたあの夜を。
そう問えたなら、どんなに楽だろう。

その答えがどうであれ、僕は抱え続けた疑問や不安にひとつの結末をつけられる。この胸をもやもやと苛み続けた痛みから解放される。そんな気がするんだ。

きっかけは些細な遊びだった。
誰かが仕込んだ宝の地図。見事、財宝を最初に見つけるのは一体どの子か。いつもの暇つぶし。僕は今度こそ一番手になると張り切ってた。だから

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April Showers

April Showers

雨がひときわ強くバスの窓をたたいた。
この数日はひどい雨模様で、今日も季節外れの暴風雨。大きな荷物を抱えて移動する身としては、甚だ迷惑千万な天候に悩まされている。
「いっそ飛ばないほうがいいんじゃないか?」
生まれた淡い期待を慌てて消し去る。
隣で眠る妹の寝息が、小さく耳に届いた。ないことにしない。こいつが望む限り。そう決めたんだ。
再確認する気持ちをダメ押しするように、バスはゆっくりと高速を降り

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ONE

ONE

なぁなぁ。ちょっと聞いてくれよ。
ひどいんだよ。
何がって。そんな嫌な顔するなよ。
え? なにってだから美江だよ。

あいつ明日から会社勤めだろ。
なんて言ったっけ。会社名。
何度聞いても覚えられないよ。コスメだっけ。
なんかちっとは有名なブランドなんだよな?

だいたいせっかく大手にだって受かってたのにさ。
大学の先輩が学生起業した会社に入るって。
せっかく…。なぁ? 正直不安だろ。誰だって。

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花びらたちのマーチ

花びらたちのマーチ

初めて目にしたのは、雨上がりの春の日だった。

正確には、そこで出会ったというわけじゃない。小学校だって一緒だったし、そもそも同じクラスだ。でも、あるじゃないか。名前も顔も知ってるけど、なんか視線が素通りして意識してない、止まらない。わかるよね?

春日は僕にとって、そういう存在だった。下の名前だってパッと出てこない。同じ教室にいる、誰かさん。ほんと、それくらいにしか思ってなかったんだ。

でもそ

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ポラリス

派手な音を立て、ジョッキがテーブルに叩きつけられる。隣テーブルのカップルがあきらかに驚いた表情で一瞬こちらを見て、倍のスピードで目を逸らした。

音を立てた張本人は目をつぶり、眉根に深いシワを寄せて俯くばかり。仕方なしにわたしは小さな声で「すみません」と社会人マナーを済ませておいた。

「なぁ。俺はもう、死ぬよ?」

声が大きい!
先ほどのふたりに加え、ひとつ先の席に座るカップルまでが、ぎょっした

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夜行列車〜nothing to lose〜

夜行列車〜nothing to lose〜

「どうしてわかってくれないの?」
I've nothing to lose, nothing to lose at all.
大丈夫。大丈夫だ。私は何も、失ってなんてない。

ゆっくり動き出した車窓から、いつもの見慣れた駅が見える。車の運転が苦手だった父。それを笑みを浮かべながら揶揄う母。ふたりはそれでも私を連れて、休みになればこの駅から、こことは違う場所へと私を連れて行ってくれた。

いちめん黄

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