恋人になりたいがわからない
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本田すのうさまの下書き再生工場からです♡
元はコニシさんの#なんのはなしですか から始まったボツネタを生まれ変わらせる凄い企画です。
恋人になりたいがわからない
美術室のある2階の窓からは、いつも体育館裏が見えていた。
あーあ、また呼び出しされてる。これで何回目だろう。私が把握しているうちで、もう9回は超えているはず。
困ったように頭をかく幼馴染の様子をぼんやりと眺め、私はまた寂しく筆を動かす。
再来月までに提出するコンテストの題材がまだ決まらない。真っ白いキャンバスは、今の自分の心を写したようだ。
「また、振ったんだ。あの子、可愛かったのにな」
勿体無いな。でも、私は隆生じゃないから、あいつがどういう気持ちであの子を振ったのかなんてわからない。いや、わかりたくもないかな。だって、あいつと私はただの幼馴染だから。
私と隆生の家は隣同士。両親もお互いに仲良く家族ぐるみの付き合いだった。環境的に同じ学区内で分類分けされる学校へ通っていたので、気がついたらチビから高校に至るまでずっと一緒にいた。
はっきり言って、私たちは気心の知れた男友達だ。よく、『付き合ってんの?』と聞かれたが、『ただの幼馴染』と答えると、どことなく隆生が寂しそうに笑っていた。
「う〜……全然、描けない。全部隆生のせいだ」
「何が、俺のせいだって?」
筆をくるくる回して少しずつ太陽が傾いていく様子をぼんやりと眺めていると、自分以外の、もう一つ影が重なった。
「知夏チャンは何に悩んでいるんだ?」
だから、顔が近いって。
隆生はバレー部のキャプテンで、とても格好良い。
一方の私は完全インドア派で、生きる為に黒縁の瓶底眼鏡は必須。0.01しか視力が無いので、眼鏡を外すと見える世界は全てぼやけていた。
「こ、コンテスト、近いから……居残り」
「テーマは?」
「じ、自分の、好きなもの」
好きなものを描け、と漠然と言われても難しい。今までのように具体的なテーマが欲しかった。しょんぼりしていると隆生は満面の笑みを浮かべて、
「なんだ、簡単じゃん」
とだけ告げ、美術室の端まで走り、そこから机を縫うように走り、その場で大きくジャンプした。左利きの彼はジャンプと共に、左手でアタックするジェスチャーをし、その場にすとん、と降りた。
──綺麗。
思わず見惚れていると、彼はにっと唇の端を釣り上げた。
「俺を描いてよ。知夏ならできるだろ?」
「だ、だって、テーマは……」
「好きなもの、だろ?」
何か問題でも、と言いたそうな顔に、私の方が焦った。隆生を描いたら、周りにどう言われるか。考えただけで眩暈がする。
「好きなものを描くのに、人目なんて気にしたってしょうがねえだろ?知夏は、何が描きたいんだ?」
「テーマが決まらないから困ってるじゃん」
「だから、俺を描いてよ」
「わ、分かった。分かったから!顔近いって」
バレー部の練習が終わって、隆生が体育館裏で仲間達とじゃれあっている姿を見るのが好きだった。美術室のここは私の特等席だ。
「知夏、約束して。お互い今度の地区大会が終わったらデートしよ?」
「え、友達なのに」
まただ。
私が友達、と線を引くと隆生は泣きそうな顔をする。かと言って私は素直にはい、と答える事はできなかった。
一線超えてしまったら、多分、私は戻れない。隆生を男友達ではなく、きっと異性として見てしまうだろう。
クラスメイトの戯言を思い出す。A君と、C子が付き合って、最初良かったのに飽きて別れたとか。そんな感じ。
先に進んでしまって、もしダメになったら──隆生との心地よい関係は絶対に失いたくない。またしょんぼりと項垂れていると、優しい手が私の頭を掻き回した。
「ちょ、ちょっと。髪の毛……」
「知夏は、変わりたくないんだな」
ふと顔を上げると、隆生はいつもの優しい瞳に戻っていた。
「俺はいつまでも俺だから。今までだって、なんも変わらなかっただろ?これから先も同じだよ」
そうだった。隆生は本当に変わらない。私への態度も、周りへの態度も。男女の友情なんて存在しない。そう言われていたけど、私達はそれを変えて見たい。
下校を告げる放送が流れ始めたので、あと10センチで大きな手が触れそうな隆生の左側を歩く。
「じゃあさ、地区大会終わったらラーメン行こう」
「お、いいじゃん。そういやさ、駅前の北口に知夏が好きな塩ラーメンの店出来たんだよ。俺も大会に向けてコントロールするから、お互い我慢だな」
「この大切なコンテストに隆生を描くんだから、お腹ぷよぷよとか赦さないからね」
地区大会が終わったら、この10センチが縮まっているだろうか。
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