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妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第22話

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番外編 Side麻衣「だっておにいちゃんだから何でも知っているんだよ?」

 私は田畑 麻衣(たばた まい)。セント・マリア女学校《通称・S女》に通うごく普通の中学2年生。
 黒いセミロングストレートの髪に、顔は多分普通なのに機嫌が悪いと父さんに似て目つきが悪くなる。学業は常にトップ5内。
 大好きな兄貴の背中を追いかけて羽球部に所属。1年の時からその腕を見込まれて現在エースになった。
 勿論S女は完全な”女子中学校”なので、クラスには女子しかいない。彼女達の話題は、最近のドラマや流行のファッション、メイク、好みの異性のタイプなど様々だ。
 ──けれども、私はどれにも一切興味がない。
 私の興味の全ては、兄貴──忍のことだけだ。

 1年の時に多少会話をするようになった仲間から、半強制的にLINEとSNSのグループに入れられたものの、結局読むだけでスルーしていたら少しずつ仲間外れにされていった。
 それは2年になっても全く変わらない。クラスメイトから浴びせられるひそひそ声は私の悪口。聞こえるように言ってくれるので逆に清々する。
 別に、こんな陰口なんてどうでもいい。私には、家に帰ると「おかえり」と言ってくれる大好きな忍がいる。
 忍だけは、私を絶対に裏切らない。私が先に家に帰り夕飯の支度をしていると「ただいま」と元気よく帰ってくる大好きな忍。
 だから、私は幾らこいつらに虐められても全く気にしない。

 忍は帰宅部なのに、最近は帰りが早い。私は進学の事も考えて正直羽球を続けるかどうか躊躇っていた。
 元々は格好いい忍の背中を追い求めて始めた羽球。でも、そんな忍が羽球をやめてしまった──いや、『やめさせられた』のは、私の酷い独占欲のせい。



「……麻衣ちゃんって、好きな人いるの?」

「いるよ」

 クラスのリーダー格の女にいつも同じ質問をされる。大体は無視を決め込んでいたのだが、いい加減面倒になって返事を返した。
 勿論、大して興味なんて無いくせに、彼女は嬉しそうに目を細めて私の机の前で仁王立ちしている。
 これは、誰なのか答えないと退けないという合図だ。本当に面倒くさい。スルーしても答えても結局一緒か。

「ねぇねぇ、どんな人?」
「兄貴」

 端的に事実だけ伝えると、その場の空気が5秒くらい止まる。
 その後にリーダー格の女とその取り巻きが顔を見合わせてこいつマジか?という顔をしている。

「あははっ。何それ、超オカシイ! 今時ブラコン?」
「キモ〜! 兄貴なんて足臭いし威張ってばっかでテレビ独占するし邪魔じゃん」
「まだお兄ちゃんとお風呂入ってますぅ〜ってカンジ? 笑える!」

 散々私の周りで嘲笑うその声が耳障りだった。私の事は何とでも言えばいい。私にとって忍が全て。ただし、忍に対する罵倒は赦さない。

 その後は無視を決め込んでいたのだが、虐めは少しずつエスカレートしていった。

 私の持っているものが、少しずつなくなっていく。

 肉体的に傷をつけられるのであれば全く困らないのだが、女子の虐めで厄介なのはすぐに物を隠したり捨ててしまうことだ。
 私の家は裕福ではない。当たり前だが、小さな消しゴム1個とて貴重だ。

 今日は長年愛用している筆箱が見つからない。……昨日机の中に忘れて帰ってしまったことを今更ながら悔やむ。
 やはり今度から学校に物を置くのはやめよう。そう思い帰ろうとした瞬間、3階の窓から勢いよく水をかけられた。

 ぽたぽたと髪から滴る雫を見つめて私は目を細めた。今度は制服を濡らされる……か。
 ……クリーニングなんて、お金がかかってしまう。今まではジャージを濡らされるだけだったので、洗濯で事足りたのに。
 クスクスと頭上から楽しそうに笑う女子の声。教師に見つからないようにそっと証拠隠滅を繰り返す彼女達。
 多分、証拠隠滅なんてしなくても、教師達は私に対する陰湿な虐めを知っている。しかし彼女達の親はモンスターペアレントだ。なので余計な火種を作りたくない教師陣はだんまりを決め込んでいる。
 学校の中で私を守ってくれるものは何も無い。
 それでもいい。
 幾らここで虐められても、家に帰ったら忍がいる。
 それだけが私の支えで、それが私の生きる世界の全て。

 濡れた下着も気持ち悪い。気持ちも萎えてしまったので、濡れた制服を整える為にこの日は早々に帰宅する事にした。



******************************



 大体私が鍵当番なので、玄関は閉まっていることが多い。
 今日に限って鍵穴に差し込んだ感触がいつもと違っていた。まさかと思いドアを開けると、無造作に放置された忍の靴が転がっている。

 タイミングが悪い。どうして今日に限って先に忍が家にいるのだろう。
 私は見つからないように濡れた制服を脱ぎ、こっそりアイロンを持ち脱衣所へと向かった。

 リビングに忍の姿が無かったので、多分寝室で漫画でも読んでいるのだろう。
 バレないうちに制服を乾かそうと思い、脱衣所でアイロンのスイッチを入れる。

「麻衣、どうしたんだ、それ。誰にやられた?」

 後ろを振り返ると静かに怒っている顔があった。
 白のタンクトップに、下着姿という情けない姿で忍と対面しても、恥ずかしさより虐めの証拠隠滅を見られたことの方が辛かった。
 それに、忍は薄々勘づいている。私がこうやって何度ももみ消してきた陰湿な虐めを。

「……ちょっと、転んで泥がついたから……洗ってたの」

 持っていたアイロンを一度台に置き、どう言い訳をしようか俯いていると、頭の上からばふっとトレーナーがかぶせられた。
 ぶかぶかで大きいそれは、私のものじゃない。
 恐る恐る顔を上げると、忍は何も言わずに私の頭をくしゃりと撫で、今置いたばかりのアイロンを奪い取った。
 そしてそのまま洗面所に置いていた制服を鷲掴みするとリビングに行ってしまった。
 唖然と佇む私を残して、制服をリビングのテーブルの上に綺麗に敷き、不器用な手つきでアイロンをかけはじめる。

「アイロンはさ〜、母さんが得意なんだよな~。兄ちゃん、下手くそだけど赦せよ」
「兄貴……」
「なぁ麻衣。転んで泥がついたのって、今年に入ってから10回目だよな。今度、泥つけたら隠さないできちんと俺に言えよ?」

 10回目。
 なんだ、知られてたんだ。必死に揉み消してたのに。
 忍は、私が虐められていることについて一切言及してこない。その背中は何も言わないけど分かっている。どうせ私が絶対に言わないことも知っている。

 だから、何も聞いてこない。
 それが、忍の優しさ。

 私は涙を堪え、震える声で精一杯の強勢を張った。

「い、いつものことだし……ドジっただけだから。別に、兄貴に言う必要なんてないもん」
「ははっ……麻衣は本当におっちょこちょいだな。何度転んでいいから。家に帰ってきたら俺がずっと側にいるからな」

 分かってくれている。何もかも。
 私に学校で何があった、とは聞かない。
 聞かないけど、全部分かってくれている。

 忍が好き。
 忍が好き……。

 でも言えない。言ったらダメ。
 兄妹の関係で、これ以上私が口を開いたら何もかも壊れてしまう。
 頬を涙が伝い落ちた。ぱたぱたと落ちる涙を悟られたくなくて、私はいつものようにキッチンに立ち、母さんの代わりに料理をする。

「麻衣~!できたぞ! 兄ちゃん初めてアイロンかけたけど、意外に上手くねえ?」

 満面の笑みを浮かべながら、私の背後でアイロンをかけ終えた制服をぴらぴらと動かして見せる。
 変な折り目はついてるし、くっきりとアイロン線が入ってる。──これはどう見てもやり直しだ。
 はぁ、と小さなため息をついて私は兄貴から制服を奪い取り、再びリビングのテーブルにそれを敷いた。

「……兄貴、下手くそ。もういいよ、何もしなくて」
「ちぇっ……兄ちゃんも麻衣の役に立てると思ったのになぁ」

 ソファーにどっかりと座りながら不貞腐れている忍のその気持ちだけで十分嬉しい。

 何もしなくていいから。
 ただ、私の側に居てくれれば十分……。

 大好きな忍。
 ずっと、私の側で笑っててほしい。


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