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妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第11話

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第11話 「救済企画が消滅しました」

 俺は人生で初めて告白をされた。しかも俺の羽球を見てくれた可愛い後輩に、だ。
 これから始まる夢のような青春を妄想していたら、何と夢精してしまったらしい。何がヤバいって、その醜態を妹の麻衣にバレてしまった事が一番最悪だった。
 もしも、あの時の事がバレずに今も花音ちゃんとお付き合いしていたらどうなっていただろうか?
 普通に高校生活、彼女がいて幸せな青春を謳歌していただろうか?
 ただ、麻衣の事を思うとどうもそこに辿り着かない。そもそも、何で麻衣は花音ちゃんに俺が告白された事を知っていたんだろう?

 「ごめん」と言った時、そっと涙を拭い笑顔を見せた花音ちゃんは、本当に可愛い子だった。勿体無い。こんな俺に惚れてくれたのに。勇気を出して告白してくれたのに……。そして俺に一瞬でも青春を思い出させる幻想を抱かせてくれて、本当にありがとう。

「あぁ~、くそぉ……本当に勿体無いことをした」

「なんだぁ? 忍。お前、まだ彼女の一人もいねえのか」

 俺の息子なのに情けない、と昔からモテまくっている父さんは愛用のハイライトをふかし、俺にわざとらしく白い煙を吐き出した。
 それを思い切り吸い込んだ俺はげほげほとむせ込んでしまい、そんな悪戯を横目で見てた麻衣がじろっと父さんを睨み付けている。

「お~お〜、麻衣ちゃんが激おこプンプンモードだ」

「父さん……刺激すんなよ、麻衣は怒っても怒らなくてもマジで怖いんだから……」

 父さんは麻衣の事が大好きでいつも構いたいのだが、いつも完全無視されていた。俺のように「キモい」「汚い」「こっちに来るな」の3Kで罵られるのと、完全無視されるのは、どっちの方が辛いだろう? ──俺も父さんも、麻衣とは普通に接したいのに、家族内のすれ違いが酷い。

「俺のガキだってえのにその歳で未だに無いってのもちょっとなぁ……かと言っていきなりデキ婚とかされても養える自信ないし」

 父さんの武勇伝では、中学生の頃から彼女やら先生と既に色々関係を持っていたとか。何故そんな歩くエロ魔人みたいな奴があのごくごく普通の母さんとどういう経緯で落ち着いたのか謎が尽きない。
 よし、と指を鳴らした父さんは俺の肩をがっと掴んでまたニヤニヤした。

「俺の弟子の娘とデートしてみるか?」

「マジで!? 俺に紹介出来る人いるの?」

 思わずでかい声が出てしまった。まさかの救済企画に、俺はソファーから身を乗り出して食いついた。ああ、やはり頼れるは百戦錬磨の父さんだったのか! もっと早く相談すりゃ良かった。……って言っても、父さんがでかい仕事の遠征から帰って来たのは昨日だし、これは仕方ないか。

 型枠工の親方である父さんの部下は各地に散らばっているものの、既に100人以上超えている。
 まだ38歳と若いのに、その腕と下を従える統率力の高さがさらに上の連中に買われているのだとか。確かに年齢的にも俺と同年代の子が1人、2人いてもおかしくない。
 すぐに携帯を取り出して仕事仲間に電話をかけてくれた。何と言う行動力、有難い。
 げらげら笑いながら全然関係ない雑談を交えていたが、途中から子供の話の本題へ変わる。

「うちの息子な、忍ってんだけど。まぁ一度飯くらい行ってみてくれる? ははっ。俺に似ててなかなか可愛い奴だぞ」

 一体どういう説明をしているんだか……。
 父さんの介入にやや不安はあったものの、俺は次の日曜日に帆宮 栞(ほみや しおり)ちゃんという同年代の子と遊ぶことになった。



******************************



「……なぁなぁ、麻衣。兄ちゃん変な格好じゃないかな、これ」

 俺は前日夜からテンション高く、ファッションショーのようにあれこれ服を引っ張り出してコーディネイトしていた。
 元々中学~高校の間はずっと制服・ブレザーだったので、正直手持ちの服が少ない。しかも外で遊ぶ事が多かったせいか、ラフな服装がほとんどだ。こういう時に母さんのご機嫌とりでもして勝負服くらい買ってもらうべきだったか。
 父さんの服を借りる手段もあったのだが、残念な事にガタイのいい父さんの洒落た服はサイズが大きく、服に着られるようになってしまう。
 あぐらをかいたまま、「う~ん」とタンスと話し合いをしていると、麻衣がすっと横から白いカッターシャツと、Vネックの黒Tシャツを持ってきた。

「……あと、昨日洗濯したダークグレーのジーパンでいいんじゃないの?」

「おっ。麻衣ちゃん~流石気が利くじゃない。女の子のコーディネイトは外れがないからこれでいっか」

 去年の誕生日プレゼントにもらったシルバーアクセのペンダントをつけると、ちょっとこなれた感があって何となくいい気がした。
 早速麻衣が持って来た服をいそいそと着替える。麻衣に一挙一動全て見られるのは慣れているのだが、ぶつかってくる視線が熱い。
 ふと袖を軽く捲りながら、ちょっとだけ麻衣に意地悪く返す。

「もしかして、こういうシンプルな格好って、麻衣の好みとか?」

 それは余計な一言だったのか、少しだけ顔を赤らめた麻衣から強烈なパンチが飛んで来た。
 折角明日着ていく服だってのに、強烈なパンチの所為で危うく吐きそうになってしまったので慌てて服を脱いだ。
 いつものスラックスだけ履いた状態で腹部をさすり、あぐらをかいて布団の上に座る。

「いてて……マジで加減して欲しい……」

「ごめんね、兄貴」

 珍しくしおらしい麻衣が近づいて来る。何故か俺の腹の心配ではなく、鎖骨あたりにこつんと顔をぶつけてきた。さっきまで強烈なパンチを繰り出してきた人物と同じとはとても思えない。殴ってきたくせにそれに対する詫びでは無さそうな様子に戸惑いが隠せない。

「ま、麻衣ちゃん……?」

「知らない女なんて……」

「へっ?あ、痛っ!!」

 左鎖骨の少し上あたりに軽く歯が当てられる。痛みを感じた後は麻衣が労わるようにそこをぺろりと舐めてきた。
 ま、まて……どうした。どこに麻衣が怒る理由があるんだ。いや、それに今噛んだだろ、絶対! さっきのシンプルな格好が好みなの?とか余計なことを訊いたから?
 とにかく地雷がさっぱり分からないし、突然思いがけない行動はするし怖いっ!

「ねぇ、兄貴……帆宮さんとはご飯に行くだけだよね?」
「う、うん。父さんの弟子さんの娘だってさ。暇だったら、麻衣も一緒に行く……?」

 自分から『彼女が欲しい』って散々言ってんのに、どうして俺は余計な火種にしかならない麻衣を誘ってしまったんだろう。「しまった」と軽率さを恥じるが、時既に遅し。
 少しだけ驚いた顔をした麻衣は「一緒に行っていいの?」と嬉しそうに微笑み、「私もおめかしするね」と言い、自分のお出かけ用服を漁り始めた。そんな嬉しそうにされたら「やっぱりダメ」だなんて言える訳がない。
 それに、麻衣があんなにパッと嬉しそうに微笑んだ顔を見たのは記憶にないくらい新鮮だ。

 あぁ……。妹が怖い。
 怒りの矛先がどこに向くのかわからないし、まさか今度は噛まれるなんて。

 麻衣が凶暴過ぎて彼女が出来ません。
 一体どうしたら俺は恋愛初心者から卒業できるのか、誰か教えて。

 麻衣が無意識に起こしたこの噛みつき行為が兄妹の枠を超えた猛烈な嫉妬とマーキングだと言うことに、俺は全然気づいていなかった。

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