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妹がツンデレ過ぎてまともな恋愛が出来ません! 第20話

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第20話「景品のくせに口出ししちゃいけないか?」

 S女とT高の練習試合は何処から情報が流れたのか知らないが、「1人の男を取り合う熱き女の闘い」と誇大情報で拡散されてしまい、何やらお祭り騒ぎのように観客が多かった。

 やけに注目を浴びている俺は『景品』として二人のベンチの中間に座っていた。どちらにも贔屓しないように、という計らいらしい。
 大体、俺なんかを景品にしても、双方に取って利益なんて全く無いだろう。何故こうなったのか分からない。

「よろしくね、麻衣ちゃん」
「こちらこそ……」

 二人は不敵な笑みを浮かべながら固い握手を交わし、互いに立ち位置についた。
 麻衣側ベンチには柿崎ちゃんが助言役として、栞側ベンチには真里菜が座っていた。
 お互いの得意・不得意を知っている相手だからある意味厄介だ。
 ただ、外部から計算され尽くされている麻衣とは違い、栞がどのレベルなのか多分、誰も知らない。

 甲高い笛の音と共に、栞のサーブでゲームがスタートする。身長が高い彼女が繰り出すサーブは万年補欠と言う割にかなりキレがあった。流石、努力の子。しっかり弱点を補強しているじゃないか。
 麻衣も脇を絞めて彼女のシャトルにすぐさま反応していたが、ラケットに感じる衝撃が思ったよりも重いのか僅かに顔を顰めていた。

「……やばいな」

 俺はゲームの流れが完全に栞ペースであることを最初の1セット目から悟っていた。
 麻衣は短期決戦に持ち込もうとしていたのだが、骨折の影響があり、不意に落ちるシャトルに全て対応しきれていない。
 普段の麻衣からは到底考えられないような凡ミスが続き、その額に滲む脂汗が滲んでいた。

 景品云々の話よりも、麻衣の兄貴としてこの無意味な試合を今すぐ止めさせるべきか。
 負けず嫌いな麻衣のことだから、俺が割り込んで試合を止めさせたら確実に不貞腐れるだろう。下手したら殴られるだけでは済まない。

 流れは栞の方に向いていたが、確実に点数を重ねた麻衣が先に1セット先取した。
 客席側からS女のエース! と大歓声が上がる。栞はその声に頬を膨らませていたが、麻衣の異変にいち早く気づき、少しだけ口元を緩ませた。

「麻衣ちゃん、約束。忘れないでね?」
「……はい」
「私が勝ったら、忍とのデートにもう入らないで?」
「……私が勝つので、その約束は無効です」

 麻衣はもう一度きつくラケットを握り、ズキンと感じる左手の違和感に再び顔を顰めた。
 まだ医者から「激しいスポーツは控えるように」と言われたばかりだ。それなのに。

(この試合だけは負けたくない)

 誰にも、“忍“は渡さない──。
 その強い意思だけがフラフラな麻衣を突き動かしていた。

 2セット目は完全に栞ペースでゲームが進み、麻衣の凡ミスが増えた。額から流れ落ちる脂汗も酷くなっている。
 俺はぎりっと唇を噛みしめながら今が止め時か悩み、麻衣のベンチにいる柿崎ちゃんにジェスチャーでタイムを取らせた。

 変なタイミングでタイムをとった柿崎ちゃんを訝し気な顔で見つめていた麻衣はタオルで汗を拭いながら柿崎ちゃんにどうしてタイムを取ったのか怖い目で訴えていた。

「……麻衣、棄権しろ」

 俺は中立だが、居ても立ってもいられなくなり麻衣に声をかけた。

「どうして?」

「……左手、すげえ痛いんだろ?」

 確か2ヶ月くらいは安静だったはず。まあそこはクリアしているけど、結構ひでぇ骨折だったと医者が言ってた。筋力だって相当落ちてるだろうし、何よりも羽球は身体の軸が大切だ。
 右手でラケットを振っているが、一瞬で勝負が決まるこの試合は、両足、両手のバネが安定していないと高速シャトルに対応できない。

 麻衣の細い左手首を取り、その傷痕を確かめた。手首に巻いているサポーターとリストバンドは少しでも負担を軽減する為だろう。

「左側に落ちるシャトルへの対応の甘さ、変な姿勢でシャトルを拾っているから、普段より凡ミスが多い」

「そ、そうだよ……麻衣ちゃん、僕が言う立場じゃないけど、無理しちゃ……!」

 しかし強気な麻衣は俺の心配なんて不要だと手を振り払った。

「兄貴に関係ない。ほっといてよ」
「関係ないわけねぇだろっ……お前は、こんな試合だけで一生を失うつもりかっ!?」

 思わず荒げてしまった声に一瞬だけ会場が静まり返る。
 麻衣は一気に注目を浴びた麻衣は気恥ずかしかったのか、俺の顔面をラケットでべしっと叩き、その後に汗を拭いたタオルをわざと俺に投げ、指を1本だけ立てて珍しく笑っていた。
 あの笑顔はとち狂った訳ではない。何か、物凄い信念を感じる。

「栞さんに勝ちたいの。別に、兄貴の為じゃないから勘違いしないで」
「そう……なのか?」
「これは、女の意地なの。ただそれだけ……」

 結局、黙って試合の流れを見守ることになった。2セット目は栞が取り、いよいよ勝負の3セット目に移行する。
 先の11点は麻衣が取った。残り20点。
 しかし負担をかけ続けた麻衣はふらふらで、立っているのもやっとなくらい右足がぐらついていた。
 ここまで来ると気力だけで戦っているようなものだ。その姿を黙って見つめていた栞が重い口を開いた。

「麻衣ちゃん、私に忍を取られるのがそんなに嫌?」

「か、勘違いしないでください……別に、兄貴のことじゃなくて……ただ、試合がしたかったから……」

 揺れる視線は試合を真剣に見つめている忍に注がれていた。
 その麻衣の目は恋する乙女だ。多分、その視線の意味に忍は気づいていない。
 栞はふふっと微笑み、「これは落とせないな」と呟き、高くシャトルを上げた。



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「だから無理すんなって言ったのに……」
「う、うるさい……」

 麻衣と栞の戦いは、1-2で栞が勝利を収めた。3セット目はほぼ接戦で、最後に麻衣が左足を捻って転んでいなければ勝負は変わっていたかも知れない。
 けれども、元々負傷している麻衣の大健闘に敵味方問わず惜しみない拍手が送られ、俺は最後まで頑張った麻衣の頭をぽんと撫でた。
 「景品が負けた方の応援してる」と栞に不貞腐れたが、栞の方もしっかり頭を撫でた。
 何故か俺にだけ「可愛い子2人を触りやがって」とか「リア充ふざけんな」とか「俺と変われ!」とか意味不明な野次が飛ばされた。

「今日だけは麻衣ちゃんに忍を貸してあげる」と景品らしい対応を言われたので、俺はその気持ちを有り難く汲んで負傷した麻衣を連れて帰ることにした。
 麻衣は疲れと痛みと足の捻挫で歩けなかったので、俺は帰り道をおんぶして歩いた。
 珍しいことに麻衣も最初からおんぶに対して拒否することもなく、背中に乗り必死に涙をこらえているのが気配でわかった。

「……いい勝負だったな~。麻衣が本調子だったら勝てただろ」

「そんなことない……」

「麻衣はカッコいいな。柿崎ちゃんが麻衣を追いかけるのも、ちょっとだけわかる気がする」

 ははっと笑いながらそう言うと、麻衣は俺にしがみついていた手に少しだけ力を込めてきた。
 ぽすんと肩口に頭を乗せて、本当に今にも消えそうな小さな声で「嬉しい……」と言った。

 怪我をしているせいか、麻衣がしおらしい。
 大人しく可愛い姿を見せてくれるんだったら、お兄ちゃんとして色々世話を焼いてやるのに。
 意地っ張りで、負けず嫌いで……それでいて俺の一挙一動をいちいち気にする。
 どうして麻衣はこうなったんだろう。まぁ、そんなのはいくら考えても無駄か。

 俺は少しずり落ちた麻衣の姿勢を直して「よ~し」と気合いを入れた。

「帰ったらまず風呂、沸かすからな。麻衣はゆっくり疲れを癒して待ってろよ」

「……うん」

 背中に大人しくおんぶされている麻衣の表情は分からなかったが、その返答はいつもとは違い、酷く穏やかに聞こえた。


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