官能ショートショート『大人の約束』

今日の裕二はいつもより興奮している。
晴香はそう感じた。
ホテルの部屋に入るなり、ベッドに押し倒され、衣服を乱暴に脱がされたからだ。
「ちょ、ちょっと、どうしたの? 裕二」
晴香は少し抵抗する素振りをしながら訊いた。
裕二はそれに答えず、彼女のブラジャーを上にずり上げたままで、乳房にむしゃ振りつく。
スカートのホックが外され、引き下ろされた。
裕二との逢瀬は三週間振りだった。
先週誘いを断ったから、裕二は大分溜まっているのかもしれない。
それとも今日は時間がないから、早めに済まそうとしているのだろうか?
でも、それならそれでいいと晴香は思った。
今日は平日の夜だ。
会社帰りに、裕二といつものように待ち合わせてラブホテルに入ったのだ。
そして事が終わると、彼は私をアパートの前に下ろし家へと帰る。
妻と子供が待つ家へと。
こんな関係が二年も続いていた。
もうそろそろ終わりにしようと思った。
先週は、田舎の両親の勧めで、お見合いをした。
裕二にもそれは告げてある。
それを口実に彼の誘いを断ったのだ。
もう、私も三十歳になろうとしているのだから……。
「ねえ、奥さんと別れてくれる……?」
晴香は機会があれば、申し訳程度にだが、裕二に訴えてはいる。
「もう妻とは冷めている……。近々離婚する……それまで待ってくれ……約束する」
裕二の返事は、四十代も半ばに差し掛かった“大人の約束”だった。
仕事で付き合いができた相手に気を使って言う『近いうちにメシでも……』
その類の約束でしかないと思っていた。
“近メシ”の機会は永遠に来ないものだ。
自分から積極的に働きかけなければ……。
ああ、でも、この人はこんなにも私を求めてくれる……。
この人だけが私という存在価値を認めてくれる。
それだけで、満足してしまう自分も否定できなかった。
乱暴に求められても、晴香の下半身はもう潤み始めてきた。
ショーツも脱がされた。
裕二は一度彼女から離ると、もどかしそうに自分のベルトを外し、スラックスを脱いだ。
パンツも一気に下げ、ベッドの脇に投げた。
上のワイシャツは着たままだ。
ワイシャツの裾をたくし上げ、晴香の太ももの間に腰を分け入る。
「あんっ!」
若干の痛みとともに、裕二の硬く熱いものが押し入ってきた。
もう、スピードをもって腰が動き出した。
「あっ! どうしたの? あぁっ!」
スピードを上げ、裕二の先端が奥へ奥へと徐々に伸びてくる。
裕二がやっと口を開いた。
「結婚するのか?」
腰の動きとは裏腹に、裕二の口調は落ち着いていた。
晴香は答えず、目を開いたまま横を向いた。
抵抗だった。
煮え切らない裕二への、せめてもの腹いせのつもりだった。
「そうなのか?」
まだ答えなかった。
「約束してくれ……結婚しないと……」
それにも黙っていた。
裕二が晴香の両肩を掴んだ。
ベッドに押し付けた。
腰を打ち付ける力が強まった。
「晴香は俺だけのものだ……」
腰のスピードが一段と速まった。
「あんっ、あっ……でも……」
晴香はあえぎながら裕二を目を見つめた。
「あっ! でも……あなたは……あうっ! 私だけのものじゃないわ……」
今まで言ったことのない、強い主張だった。
「そうか……わかった……」
見つめていた瞳が閉じた。
腰の動きとともに、裕二は時折眉間にしわを寄せた。
肩を押さえている手にも更に力がこもった。
「いくよ……」
激しい動きの中、裕二が呟いた。
「出すよ……中に……」
「え!」
今まで、中に出されたことはなかった。
出して……と、お願いしたことはあった。
しかし、裕二はそれに応じたことは一度もなかった。
なぜ、今日は、急に……。
「あっ、やめっ、今日は、だめなの!」
「いつも、欲しいって言ってただろう?」
「どうしたの……?」
「今日は出したいんだ……晴香の中に……」
「それだけ?」
裕二の動きが止まった。
「そうだ……」
身勝手だった。
余りにも身勝手だと晴香は思った。
多分、私がお見合いしたことへの腹いせだ。
晴香は決心した。
「わかった……いいわ、中に出してもいいわ……でもその代わり奥さんと別れて……」
「ああ、わかった……」
躊躇なく答えた。
「え? 本当?」
「本当だ。だから今日は中に出させてくれないか……」
「離婚届……持って来て……約束して」
恐る恐るお願いした。
「ああ……そうする……約束する」
またすかさず返答された。
信じよう。
でも……。
今の言葉の責任は取らせる。
晴香はそう心に決めた。
今日は“安全”と思われる日ではなかった。
もう言い逃れは許さない。
段々決意が強くなる。
家に乗り込んででも責任を取らせるわ。
「わかったわ……」
晴香は目を閉じた。
「出して……」
裕二は無言でまた動き出した。
晴香は裕二の動きに集中した。
中で動くものにも……。
裕二はいつもコンドームを付けた。
最初は何も付けないで動き、射精するときにだけ付けるのが常だった。
何も付けないでこんなにも早く動くことはなかった。
裕二の“直”の早い感触だった。
コンドームの硬質な当たり方とは違う。
ペニスの表皮の滑りが心地よかった。
ともするとコンドームは痛かった。
ストレートに粘膜を擦るからだ。
でも厚い表皮はずるずると前後運動し、肉の棒の動きをダイレクトには伝えない。
ワン・クッションおいて硬い棒の動きについてくる。
感覚でわかった。
硬くて、滑らかだった。
快感に集中できそうだった。
やはりこれが自然な営みなのね……。
このまま出されるのはどんな感じなのだろう?
ああ、私はあなたを受け入れるわ……。
私はもう逃げない。
あなたを責めることから逃げない。
あなたの全部を身体で受け止める。
だから私にはあなたを責める権利があるの……。
「晴香、いくよ……」
そのときがきた。
「うん……いいわ……」
腰の動きが早くなる。
裕二が目をつむる。
眉間にしわが寄り始める。
「ああ……いくっ……」
不意に裕二の動きが止まった。
「はっっ!……ううっ……」
晴香の中で動いていたものが一瞬、ぐっと、大きくなった。
ああっ、くる!
息を呑む。
どくっ、どくっ、どくっ……。
続けざまに脈打ち始めた。
きた……。
直に……。
本当に……。
微かに温かいものが膣内を満たしている感じがする。
「はあ、はあ、はあ……」
裕二が荒い息のまま体を離した。
晴香の中から硬いものが出ていった。
急に空洞になった気がした。
その直後、肛門に温かいものがつたい流れるのを感じた。
裕二の放ったものが溢れ出てきたのだ。
初めての感触だった。
晴香は顔を両手で覆った。
人生の転機は突然訪れる。
そう思った。
なぜか涙が溢れてきた。
なぜ泣いているのか自分でもわからなかった。
見られたくなかった。
なぜ泣いているのか訊かれたくなかった。
晴香はベッドに顔を伏せた。
裕二が髪を撫でた。
撫でながら耳元でささやかれた。
「晴香に渡したいものがあるんだ」
晴香は顔を上げる。
一枚の薄い紙だった。
印鑑が二カ所に押されてるのが見える。
「離婚届だ」
「え?」
晴香は起きあがった。
「昨日、妻から判をもらった」
「え、本当?」
「本当だ」
裕二が微笑んだ。
晴香はまた泣き始めた。
「本当なのね……」
「ああ、約束は守るよ……」
「うれしい!」
晴香は裕二に抱きついた。
勢い余ってベッドに倒れ込んだ。
「もう一回して! お願い! 中にもう一回っ!」
裕二は苦笑した。
「今、その約束は出来ないな」
晴香は構わず、裕二の柔らかくなったものを口に含んだ。

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