「トランスジェンダーになりたい少女たち」アビゲイル・シュライアー著 問題提起の書
概要
アビゲイル・シュライアー著「トランスジェンダーになりたい少女たち」(原題『Irreversible Damage: The Transgender Craze Seducing Our Daughters』)は、近年欧米で急増している思春期の少女のトランスジェンダー傾向について、200人以上の当事者家族へのインタビューをもとに分析したノンフィクション作品である。
著者は、幼少期に性別違和のなかった少女たちが思春期に突然トランスジェンダーを自認し始める現象に着目。SNSの影響で友人同士で「トランス」が広がる「社会伝染」の様相を指摘し、安易な医療的トランジションの危険性を訴える。思春期の性別違和の多くは自然に解消されるにも関わらず、安易にホルモン療法や性別適合手術が行われた結果、不可逆的な身体的ダメージを負う少女が後を絶たないと著者は主張。トランスジェンダーの権利を尊重しつつ、未成年者への不適切な医療的介入に警鐘を鳴らしている。
学校教育やメディア、医療機関がトランスジェンダーを無批判に奨励する風潮を問題視。トランス肯定一辺倒の社会が、少女たちに「トランスになれば悩みが解決する」という非現実的な期待を与えていると指摘する。トランスジェンダー当事者の声に真摯に耳を傾けつつ、行き過ぎたトランス・アクティビズムと医療化の弊害を浮き彫りにした、問題提起の書として注目を集めている。
批判的検討
原著が発刊されてから4年ほど経つ米国では次のような批判等があり、そのようないずれも傾聴に値する。
科学的根拠の乏しさ
著者の主張の多くは、限られた当事者へのインタビューに基づくエピソード証拠であり、体系的なデータに裏打ちされていない。
急性の性別違和(ROGD)概念自体が科学的に確立されたものではなく、疑問視する専門家も多い。
思春期の性別違和の大半が自然寛解するという主張も、決定的な根拠に欠ける。
偏向の可能性
著者は保守系メディアの記者であり、トランスジェンダーに批判的な立場から書かれている可能性がある。
肯定的なトランジションの事例や、医療ガイドラインに沿った慎重なケアの実態が十分に取り上げられていない。
トランスジェンダーの少女の苦悩に共感を示す一方で、彼女たちの自己決定を尊重する姿勢に欠ける。
議論の前提
トランスジェンダーを「思春期の混乱」と決めつける見方は、トランス当事者の尊厳を傷つける恐れがある。
性別違和の原因を単純にSNSの影響と断じるのは短絡的であり、複合的な要因を看過している。
医療的トランジションは慎重に行われるべきだが、必要な人への適切なケアを阻害してはならない。
表現の問題
扇情的なタイトルやキャッチコピーは、トランスジェンダーに対する偏見を助長しかねない。
「伝染」「誘惑」といった言葉の使用は、トランスジェンダーを病理化・性的化する印象を与える。
当事者の経験を「悲劇」と決めつける語り口は、多様な当事者の現実を矮小化している。
まとめ
本書は思春期のトランスジェンダーの増加という新しい現象に着目し、拙速な医療的介入の危険性を訴えた点で一定の意義がある。しかし科学的根拠が乏しく、トランスジェンダーに批判的な著者の立場が色濃く反映された内容となっている。
扇情的な表現やトランス当事者の尊厳への配慮の欠如など、倫理的な問題も散見される。トランスジェンダーの若者の抱える困難は真摯に受け止める必要があるが、そのためには当事者の声に幅広く耳を傾け、科学的知見に基づいて多角的に議論することが不可欠だろう。一面的な主張に偏ることなく、トランスの人々の尊厳を守りつつ、医療やケアのあり方を冷静に検討していくことが求められる。
本書はトランスジェンダーの未成年者への医療的介入という重要な論点を提起したが、バイアスに満ちた内容であることを踏まえて慎重に読み解く必要がある。トランスを病理化・性的化する表現や、若者の性自認を尊重しない姿勢は看過できない。多様な当事者の声に真摯に向き合い、科学的根拠に基づく建設的な議論を重ねることで、トランスジェンダーの若者が安心して自分らしく生きられる社会の実現を目指したい。
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