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僕は、どうしても、洋書が読みたい(1)

英語学習を始めた理由は、英語で歌詞を書きたいからだった。5歳からエレクトーンを始めてずっと続けていくうち、将来は音楽に関わる仕事がしたいなんて現実的な思考よりも、もっと前のめりで無鉄砲な「作った歌を多くの人に聞いてもらいたい」といった夢を持つようになっていた。英語の存在は、親の教育の成果もあり、それこそかなり幼い頃から意識していたので、多くの人に聴いてもらうには英語で歌ったらいいのでは、という思考へシナプスは簡単に繋がった。
中学の時、英語の先生と相性がよかったのもあり、順調に英語学習は進んだ。高校は、中学で培ったものをそのまま伸ばしていくことができた。

大学進学やその後については、今のパートナーと出会って安定するまで自分自身が精神的に未成熟であるという問題に悩まされながら、親との関係の問題に対処したりしていて全然順風満帆ではなかったけど、新卒で入った地方の中小企業をやめて上京を決めた後は、英語必須の外資系派遣スタッフみたいな仕事を何年も続けることができ、結局、無鉄砲な夢のために始めた英語学習が僕を飢えから救い、生きながらえさせてくれることになった。そう思うとやっぱり、英語は僕にとって、最初から少し特別な存在だったし、最終的にもなんだかんだ一番の命綱でさえあるのかもしれない。

外資系で働いているなんていうと、へぇと思われるかもしれないけど、実際英語力はもちろんある程度あって、TOEICだって必要タスクとして乗り越えてきたし、英語圏の人や英語を話せる海外の人と突然エンカウントして軽い雑談が出来ないわけではない。ただ、洋書。これに関しては時々観念したくなりつつも、それでも、僕はやっぱり洋書が読みたい。


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