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「コイザドパサード未来へ」 第13話

「アキラの分も焼く?」
「自分でやるからいいよ」
アキラと僕は、今まさに肉をそれぞれに挟み、食卓の鉄板で焼こうとしている。隣では父さんと母さんがビールを飲みながら、笑顔でふたりのやりとりを見ている。

期末試験が終わったので、家で焼肉をしようということになり、アキラがうちに遊びに来ている。
小学生の時はお互いの家をよく行き来していたが、中学生になってからはその頻度が極端に減った。
食卓には母、父、僕、僕の隣にはアキラがいる。
久しぶりの焼肉にいつもよりテンションが上がっている。

「うおーうまい、うますぎる!!!」
お肉を口に入れた途端、ガッツポーズをして、超絶幸せそうな顔をしている。
僕は静かに美味さを噛み締めながら、肉を咀嚼する。
「ミライはもう少し喜びを表現した方がいいと思うよ」
そう放つアキラの言葉は少々説教じみている。
「今日はテンション高めだよ。喜んでお肉を食べているのだけど」
「いやいや。もう少し嬉しそうな顔をしてよ」

美味しいお肉をみんなでこうして一緒に食べるのは嬉しいし、楽しい。
隣の親友はいつでも素直で、表情が豊かすぎる。
全身で美味しさと嬉しさを伝えている。

お肉をさらに頬張って、
「幸せだなあ。本当に幸せだ!」
と顔を綻ばせながら、独りつぶやいている。

両親はそんな笑顔を見て、嬉しそうにニコニコと笑っている。
僕もお肉の美味しさをより素直に表現しようと試みたが、うまくできない。
簡単にアキラのようになれる訳がないか。

僕はふとアキラが思う幸せについて聞いてみたくなった。
「幸せってどういうことだと思う?」
突然、聞かれた質問に戸惑うことなく、まっすぐに僕の目を見て答えてくれる。
「それは自分の心に従うことだろ。好きなことをして自分を喜ばして、楽しい時間を増やせば幸せだって思えるだろ」
「そうか、そうだよな。即答できるの、すごいな」

父さんと母さんは楽しそうにふたりの会話を聞いている。

「ミライは頭が良すぎるから、いつもパーフェクトな解答を求めているんじゃないのかな。俺は単純だから。自分が思っていることしか言えない」
「そんなことないよ。幸せについてまだよく分かっていないのかも」

父さんは
「自分の幸せも大事だけど、相手の幸せも考えられるともっといいね」
と言う。

「そうそう。相手も幸せだと、喜びも倍になるし。幸せな気持ちって伝染するのよ」
と母さんも父さんに同調する。

ふたりが幸せだと幸せって倍になるのか。
友達でも夫婦でも。家族でも。

夕飯を終えると、母が「今日は遅いからうちに泊まっていったら」と
言ってくれた。
隣でアキラは
「やったー。お泊まり会だー」
と嬉しそうに腕を振り回している。
全身で素直に喜びを表現できるのはすごいと改めて感心してしまった。才能だと思う。
つられてみんなも笑顔になる。
無邪気な笑顔ってこんなにも周りを明るくするのだなあ。
今夜はいつもよりみんなが笑っていて、家の中が明るい。

電話で家族からの了承を得たので、お泊まり会は決行されることになった。
うちに泊まるなんて小学生以来だ。
さすがにもう一緒にお風呂に入ることはないけど。
男子ふたりで入るには家のお風呂は窮屈すぎるし、何より気恥ずかしいから。

入浴後、僕のパジャマを着たアキラをまじまじと見つめる。
身長が僕より5センチ以上高いので、いつものパジャマが随分と小さく見える。腕と足がすらりと長く、パジャマから両腕両足が大きくはみ出している。少し寒そうかな。でも背が高くて羨ましいなあ。

布団に入ってから、アキラが
「ミライの父ちゃんと母ちゃん、いい感じだな。誘ってくれてありがとう。楽しかったなあ」
と独り言のようにつぶやく。
僕は「おう」と答えながら、父さんと母さんがいい感じってどういう意味だろうって思った。
真意を聞こうと声をかけようとした瞬間、突然寝息が聞こえてくる。
眠りにつくのが早すぎだろっ。もう少しだけ寝る前に話したかったよ。
つくづくすべてが羨ましすぎる。心も体も素直かよっ。

心の中の総ツッコミに、隣で呼吸音が控えめにそうだよ、と答えてくれた気がした。一足先に眠りの世界に行ってしまった親友に「おやすみなさい」とつぶやいて目を閉じる。
スーっという規則的な寝息を聞きながら、せめて眠りの世界に一緒に連れていってくれと願った。

(つづく)

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