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大きな樹の物語

本をよく読むようになってから、詩人、児童文学作家の長田弘さんに出会った。
日常の、風景、旅、食、生きること。
共感できるものも多く、頭の片隅に留めておきたくなることばたち。

長田さんの作品の中に、私の好きなアメイジングツリーという詩がある。
読むと私たちは宇宙の大いなる時間の中で過ごしていることを思い出す。

大きな樹があった。
樹は雨の子供だ。
父は日光だった。
樹は、葉をつけ、花をつけ、実をつけた。
樹上には空が、樹下には静かな影があった。
樹は、話すことができた。
話せるのは沈黙のことばだ。
そのことばは太い幹と、春秋でできていて、無数の小枝と星霜でできていた。
樹はどこへもゆかない。
どんな時代もそこにいる。
そこに樹があれば、そこに水があり、笑い声と、あたたかな闇がある。
突風が走ってきて、去っていった。
綿雲がちかづいてきて、去っていった。
夕日が樹に、矢のように突き刺さった。
鳥たちがかえってくると、夜が深くなった。
そして朝、一日が永遠のようにはじまるのだ。
象と水牛がやってきて、去っていった。
悲しい人たちがやってきて、去っていった。
この世で、人はほんの短い時間を、
土の上で過ごすだけにすぎない。
仕事をして、愛して、眠って、
ひょいと、ある日、姿を消すのだ。
人は、おおきな樹のなかに。

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