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 向かい合った二人の視線が9✖️9、計81マスの盤面に集中する。パチパチと声だの弾うkける音がするストーブの上、移動を制限された各20の駒が縦横無尽に盤上を駆け回る。駒が移動するたびに木と木が重なり、パチンと音が鳴る。自分が仮にこの当事者でなければこの音だけでも聴き続けられるような心地の良い音である。しかし実際その音に耳を傾けている場合ではない。状況は刻一刻と変化している。余計な感情に頭を支配されていては、次の瞬間喉元にナイフを突きつけられる、そんな緊迫感もはらんでいる。思考を止めた方が負けという、頭と体のバランスが9.5/0.5みたいな競技を今している。思えば将棋とは不思議なことだらけである。私は歴は長いものの、専門的な知識などほぼなく、完全に感覚で打っている。そうなると大体対局は同じような手からはじまることが多い。対戦相手も自分と同じような実力なのでやはり同じような手で返してくる。面白いのはそれからである。初めの5手ほどは毎度同じパターンを繰り返すのだが、それ以降がまるで違う。これまで数えられないほどの対局をしてきたが、一度として同じ展開になったことがない。(覚えていないだけという可能性を除いて) どんなにはじまり方をしてもバラエティに富んだ終わり方が待っている。プロの試合となると二日かかることもあるほど時間がかかるものだが、素人の場合は長くても2時間程度で終わることが多い。その間思考を働かせ続けるというのは想像以上にカロリーを使っている気分がする。脳内に火力発電所が搭載されていたら、とんでもない速さでタービンが回っていることだろう。考えてはいけないと思いながらも、頭の中ではこの文章の存在が常に影を落としていた。今日で何日目だろうか。なまじ、投稿が途切れなかったおかげで、だんだんとプレッシャーが芽生えてきた。noteの機能で投稿するたびに何日連続で投稿しているかがポップアップ表示されてくる。それを見るたびに嬉しさと、少しの緊張感が背をなぞる。明日書かなければ、これまでの投稿してきた日々の鎖が途切れてしまうからである。もちろん無駄になるなどと微塵も思ってはいないが、連続で続けてきたという付加価値は消えてしまう。時間を巻き戻したいと思う瞬間は誰にでもたくさんあると思うが、ありがちな感情にしばらく支配されたくはないのでもうしばらくは途切れさせたくないと思った。


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