療養の日々
精神の分裂が続いたため、私は先日まで択捉島にある平和団体の施設で療養の日々を送っていました。いろいろ大変なこともあったけど、結果的に荒廃してた私のこころの中のメルヘンは緑の輝きを取り戻し、無事精神的冬眠後の五月病DAYSな状態になることができました。その療養の日々に私が考えたことをここで共有したいと思います。
施設で療養を受けるきっかけとなる分裂を感じ始めたのは、五年間付き合っていたナナちゃんとスコットランドのとあるエスチュアリーで光る馬を見たときでした。馬はエスチュアリーの水面で水と交わり、透明な閃光で私の脳内に直接呼びかけました。「旅の終わりには、必ず死に至る病を患う。少女趣味の傷心はときに星を滅ぼす。己のカルマを知ることが大地への祈りの第一歩だ」、みたいな感じの不思議な情報量を含んだ光、浴びててなぜか切なくなり、でも心地よくて、私は号泣しました。ニートとして生きる日々に終止符を打つ日が来たのだと悟りました。その日の夜、私はナナちゃんに別れも告げず、失踪しました。
鉄道に乗りロンドンへ、そしてヒースロー空港へ。そのとき事件は起こりました。予約してた成田行きの飛行機がバージョンアップされ量子エンジンを搭載したモデルとなっていたのです。そのことがたまらなく不安でした。死の象徴です。飛行機の中に入り次第、不安を和らげるためにビールを飲みました。「カルマ、カルマ、カルマ、カルマ」、スコットランドから届く光による情報量が脳内にインプットされていくのがわかります。しかし周りの乗客は情報量を文字として展開することができていないようだ、それは即ち量子的揺らぎと同調してるが故に、変調を享受できない、私が選ばれていたのか。
神心地な気もちの私を乗せたボーイング777はシベリアの大地上空を、私はiPhoneでピンク・フロイドを聴いていました。炎〜あなたがここにいたら、このアルバムの制作には実は私が関わっていたのかもしれません、皆が気付いてないだけで。かつての私が弾いた恍惚のギターソロに酔いしれながら着実と日本へと近づいていく隔絶された空間。気付いたら私は眠っていました。
宗教的な夢から醒めたら、そこは択捉島でした。択捉島、辛うじて日本なのかな?それともロシア?どうでもいいけど美しい大地の聲が聞こえます。天女達に案内され、タクシーに乗りました。どこからか聞こえてくる大地の賛美歌。
舟のようなタクシーから降りると、そこに療養施設がありました。美しい花畑に囲まれた、地球の果てにある、孤独なサナトリウム。グランドピアノの置いてある病室で一人私は眠っている、眠っている自分を観測できるが眠っていました。なんどか計測用のガジェットを体内に埋め込まれたりしたが、青白い涼風に包まれた安定感のあるラムネのおかげか、不安は何もありませんでした。そしてまた私は眠りました。
目が醒めると、辺りは一面の菜の花。13歳くらいの少女が教会の鐘のある丘の上にいました。刹那、私はなぜかその少女のことがすごく好きになり、まともに動かぬ身体を起こして追いかけました。丘を駆け上ると鐘の音が反響し、空は共感覚めいた虹色に濁っていき、私を魅了しました。少女は追いかけても私より常に数パーセント速く移動してたので差が縮まらないのです。中学の陸上大会を思い出して、渾身の力を出し、数分後、丘の頂上、教会までつきました。
ロシア語で少女は「こっちにおいで」といい、私はついて行きました。教会には地下室があり、扉の向こうにはソビエト連邦の残骸が残っていました。私は少しだけ現金な気もちになり、私が山本五十六になって、少女がスターリンになって、戦争の結果を改ざんしたらこの美しい島に合法的に私も永住できるのではないかと思いました(そのとき私は魔法が使えた)。少女は白いワンピースを着た、ロシア人の、たぶん幽霊でした。瞳を見つめてると恋に落ちる。手を掴み、スターリンの魔法をかけてやろうとした瞬間、少女がちょっとだけ先に冬将軍の魔法を使い、あたり一面は氷の世界になりました。
花畑の花が枯れていく、その事実がひたすら悲しく、戦争をしようとした自分がたまらなく許せなくなってきました。「そんな自分を責めないで下さい、一緒にピンク・フロイドでも聴きましょう」、少女は優しく私の脳内に直接そう語りかけ、共に暖房の効いたカレッジで狂気を聴きました。氷は徐々に溶けていき、眠りと覚醒の中間の世界へと私は引き寄せられました。
それから数ヶ月、気付いたら択捉島はなくなっており、療養の日々は終わりました。毎日カプセルを飲んで下さいと命令されますが、恐らく陰謀論です。でもたぶん違う、ほんとは私が夢を見ていただけ、私がおかしかっただけ。なぜならば択捉島なんてはじめから存在しなかったのだから。
ところで今私が住んでいるこの街はどこなのですか?国後島だといいな。南極とか、イースター島とか、そういうところだといいな。三鷹とか町田とか高円寺みたいなつまらない街にはもう住みたくありません。いや、どの街も秘密の扉の向こうでは光が聞こえてくるはず…懐かしい、あの択捉島での眩しい日々のような閃光…
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