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光年糸電話

星空観察のクラスで星座早見盤の読み方を教えてもらった。
あっちが西、こっちが南だから…。
手持ちランプを点けたり消したり、
早見盤をまわしたり、自分がまわったり。
首が痛いねと言いながら、空の標を探している息子。

星が動いてる、動いてるよママ!
目を凝らすと、確かに一つ南から北へ向かって小さい光が動いていく。
ほんとう、でもあれは人工衛星かな。
星じゃないんだ…。
でも見れてラッキーだったね。

ええと、ここに夏の大三角形がありますね。
織り姫がこれ、彦星がこれです。あともう一つがこれ。
そしてこの間を天の川が通っているんですけれど
今日は月が明るくてちょっと見えませんね。
でも見えないけど、たっくさんの星がこの間にあるんですよ。
センセイが夜空に向けてレーザーポインターを指す。
それまでどれが何か分からなかった星達に名前がついて
形が見えてくるから不思議。
息子は口をぽかんとあけて一心に宙を見上げている。

星達はとても遠く離れたところにあるんです。
例えばね、いま私たちが見ているこの織り姫さんの光は25年前に星を出た光。彦星さんは17年前、この最後の星が一番遠くて1400年前の聖徳太子さんがいたときの光をいま私たちは見ているんですね。

息子と一緒にポカン口で見ていた私もこの話に引き込まれる。
17年、25年前はこの世界のどこかで暮らしていたな。パーマとかかけちゃって、びっくりするぐらい似合わなくて。押し入れの、布団と布団の間に頭ごと突っ込んで、呪いの言葉を叫んだ頃かな。海外文学のマイブームで、地下鉄の中でハヤカワ文庫ばっかり読んでた頃かな。スタインベックとか全然わかんなかったな。
そんな頃と飛鳥時代の光がいま、ここに同着しているなんてすごく不思議、すごく面白い。

星空観察から戻ってからもしばらく、いま見ている光の基のことを考えていた。留守をしていた夫が熾した焚き火がそろそろ熾火になろうとしていて、くべてある木の輪郭を残した灰が赤く揺らぐのをぼんやりみていた。息子は早々にテントに入ってまたゲームを始めたようである。
夫にあの星の光っているのは聖徳太子が生きていた頃の光らしいんだよねと言うと、へぇ~と言いながら灰をつついた。火の粉が舞って、夜の空気に触れて、ふっと消えてなくなる。
それって距離の話?大きさの話?
距離と大きさの両方だよ。太陽の何倍もあって(ベガで質量15倍)の大きさなんだよ。3つの点の一つを腕をのばしてずっと遠くに置く。太陽1個でこんなに暑いのに、その何倍とか信じられないよね~…というか、違う違う。そういう話ではないのだ。
私がいま考えているのは聖徳太子の生きていた頃の光って話なのだよ。飛鳥の光が届いてるってこと。
どうもそっちの話に行かなさそうなので、それからは黙って火を見ていることにした。熾火がパチ‥‥と火花を散らす。

ありえない想像をしてみる。
目を閉じて、夜露を含んだ草原の中に立つ。右と左と足元の、無数の虫の声が次第に遠く小さくなる。
私の頭の上からあの星まで1400光年の直線を引く。そして先っぽに太子の頭をくっつけてみる。足元は互いに露を含んだ草原の上、頭上には1400光年の宙がある。

直線を、糸電話にしてみよう。
さぁ貴方と何を話そうか。

この声、トドイテイマスカ?

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