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重し軽しと変化する恋の水 (閑吟集20)


「恋は、重し軽しとなる身かな、涙の淵に浮きぬ沈みぬ」

男と女が裸体となって情事を交わす密室は、透明な水がなみなみと満たされた水槽にも似ている。

その部屋は水のような濃密な空気で満たされているようで、日常の衣服と理性から開放された二人は、自由自在に泳ぎまわる熱帯魚になれる。

情事という最も五感が研ぎ澄まされている状態の中では、重力も上下感覚も平衡感覚も失い、時間も空間も無い世界に漂う感覚に浸されるから。

しかし、その水槽は気まぐれで裸体の男と女を翻弄する。

水に浮かんでいるという浮遊感に満たされたと思えば、突如濃密な水の水圧に押しつぶされそうな重圧感に襲われて呼吸もできずもがき苦しむ。

水の流れが途絶え、ただ互いの体と体の力の掛け合いで漂うだけの時もあれば、渦潮のようにきりきり舞いをすることもある。

ぐつぐつと煮えたぎり耐え切れないほどの高温となったと思えば、森林からの清流のようにさわやかな涼しさをもたらしてくれたりもする。

男と女が男と女として過ごす部屋は、二人の恋のあるがままにその舞台を彩り、そこに満ちている水は重くなったり軽くなったりするが、それはそこに漂う二人の心のあるがままを演出しているにすぎない。

「恋は、重し軽しとなる身かな、涙の淵に浮きぬ沈みぬ」(閑吟集)

恋をしたばかりにこの身は重くなったり軽くなったりするのです。我が涙が満ち溢れその淵に浮いたり沈んだりするほどに。

その部屋に満ちた水は、もしかしたらあなたの涙なのかもしれない。

うれし泣きの涙だったり、時には哀しい涙だったり。 

そもそも恋に犯された心は重くなったり軽くなったり。
そしてそんな心に満たされつつ体を重ねる部屋に満ちた水も、重くなったり軽くなったり。

その水は、情事の激しさに耐え切れず流した涙と、
ほとばしった汗がまざったものが、

きっと一番心地よいだろう。

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