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別れを想像するだけでこぼれる涙 (閑吟集36)


「ただ人には馴れまじものぢゃ 馴れての後に 離るるるるるるるるが 大事ぢゃるもの」 (閑吟集)


理想的な想い人に出会え、

心の底まで蕩けるような情交を交わし、

身も心も完全に奪われてしまったならば、


会っている時はもちろん、

会えない時でもその人のことを想うだけで心は温まり、

仕事や日常生活の中でストレスや嫌なことがあっても、

あたかも万能の薬を調合されたかのように元気になってしまう。


そのような人がいるだけで特に女の場合は、

肌の色艶が輝くばかりとなり、

日ごろの立ち振る舞いのなかにも、

さりげない艶がまるで花の香りがあたりに漂うようになるもの。


それはまさに我が世の春。


しかしその一方で、

これだけ大切な存在が出来てしまったために、

その存在が無くなってしまったら自分はどうなってしまうのだろうという、

漠然とした不安を常に抱えなければならない。


もしその人がいなくなれば、

出会う前の状態にただ戻るだけなのに、

出会う前の自分と今の自分との間には、

大海が隔たっているくらいの感覚にさいなまれる。


あの人がいなくなったらどうしよう。


そんなことを想うだけで、ふと涙がこぼれたりしてしまう。

何の根拠も無い不安におののいてしまう。


「ただ人には馴れまじものぢゃ 馴れての後に 離るるるるるるるるが 大事ぢゃるもの」 (閑吟集)


あまり、人には心を奪われてしまってはいけないの。

奪われてしまった後で別れることを考えるだけで、

ああ、別れるるるるるる。

ああ、それはあまりに大きなことだから、

別れるなんて言葉を言うだけで、

どもってしまうくらいになってしまうのよ。


この「るるるる」というくだりが心を奪われた女の心理を見事に表現し、

あの人と「別れる」、「離れる」なんて考えただけでも涙がこぼれてしまうほど。


そこまで好きになれる人に出会えることは人生の中では稀なこと。


どんな形であれ、別れはいつか来るかもしれないけれども、

今からそんなことを恐れていたら、恋なんかできない。


その人がいることで、

幸せすぎて、

楽しすぎて、

その気持ちを伝えようとすると、どもってしまうくらい。


それくらい好きになってしまっていたらいい。

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