見出し画像

風がわたしに運ぶもの

ここ数日、風の強い日が続いている。
季節もよくて、日差しも暖かくて、寒くもなくて暑くもない。
この、どんなに強くても、
からだがぴたりと包まれてしまうような風に、
わたしは「好き」以上の、こころをわしづかみにされる何かをいつも感じる。

記憶のなかの、どこかにそのまま連れていかれそうになる。

初めて「風」をそんなふうに感じたのは、いまからずっとずっと前。
大切なともだちとニューヨークに滞在していたとき。

そのともだちとは、高校で出会った。
知っているひとが誰もいない、入学した学校、そのクラスで、
彼女は、わたしの左斜め前の席に座っていた。

おとなしそうな子だった。
いつも、くるぶしが隠れる白い靴下を履いていて、
靴下にはくまのプーさんの小さなマークがついていた。

そして、帰りのホームルームが終わると、いつでもそそくさと、
あっという間に、帰ってしまう。
あるとき、わたしはいつものように、
彼女のその白い靴下を、斜め後ろから眺めながら、思った。
確信として思った。

「わたしはこの子と、ともだちになる」

もうこれは、直感としか言いようのないものだった。
ともだちになりたい、ではない。
ともだちになる、とわかった。

そして、いつものわたしだったら絶対にしないだろう行動に出た。
ホームルームが終わって、小走りに階段を駈け降りる彼女を呼び止めたのだ。
「一緒に帰ろう。」と。
自分でも、なんでそんなことができたのか、不思議だった。
でも、気づいたらそうしていた。

彼女と仲良くなり、いろんなことを話したし、いろんなところへも行った。
一緒に学校をさぼって、のんびり過ごしたりもした。
彼女には、口にしない大きな大きな隠しごとがあった。
そのことにわたしはずいぶん早くに気づいたけれども、

そのことが大きなこと過ぎて、
口には出さなかった。
ただ、ありのままを見守ることしか、わたしにはできなかった。
そんな大きなことも全部含めて、彼女とわたしはいた。

ニューヨークへ行くことも、衝動的に、でも確信的に彼女を誘い、
そして、彼女も来てくれた。

マンハッタンが広く見渡せる大きな窓のあるマンションの上階の部屋で、
夜中、彼女はひとり、じっと夜景を見ていた。
その後ろ姿が語るものに、声をかけることができなかった。

マンハッタンから船に乗り、彼女と行ったスタテン島。
島は閑散としていて、大きなショッピングモールがあった。
特に目的もないまま散歩をして、船着場までのバスを待つ間。
広々とした大地と空に、包み込まれるような風が吹いていた。
もわりとした空気の中、すべてが止まってしまったかのようなときだった。
わたしは人生で初めて、「このままときが止まってしまえばいい」と本気で思った。
ずっとこのままでいたい、と思った。
場所も時間もわからなくなるような感覚だった。
そんなときを、彼女と一緒に過ごしていることの不思議さと、どこか必然さ。
 


昨日、東京のど真ん中、高いビルしかない街に、
暗い地下鉄の階段を上がって降り立ったとき。
やはり、風が吹いていた。
こんなコンクリートの街でも、あのときと同じように、
すべてを包み込むような風が吹いてくれていることに、
心底安らぎを感じた。

そんなとき、わたしはどこにいても、
わたしがわたしであることを思い出す。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?