見出し画像

夏を圧縮袋で真空パックした


 最近泣きながら起きることが増えた。こないだと同じように、泣いているとわかっていながら目を覚ました。夢の世界の目から現実の世界の目となって、いつも通りの白い天井を捉えて初めて、夢であった安堵感と、それにしても辛かったこととか、夢の中の気持ちを現実では俯瞰して見ることができる。

 内容は自宅にチャドウィック・ボーズマンがやってきた、という内容だった。すごく嬉しくて、私は泣きながら、思い切り抱きつくのだった。そうして彼もしっかり抱きとめてくれたのだった。かたい体だった。分厚くて皮のジャケットの匂いがして。

 会いたかった。亡くなったと聞いた時本当に悲しくて、辛かったんです、すっごく泣いたし、もうスクリーンで会えないのかと思うと寂しくって、たくさん痛いのを堪えながら撮影をされていたと知った時は胸が痛くって、本当にお疲れ様でした、でも会えた、嬉しい。その気持ちだか言葉だかが溢れていて、それが言葉だったか、涙のみだったか、それとも同時にだったか思い出せないけれど、すごく泣いていた。湧き上がる感情で胸がいっぱいだった。彼は笑っていた。

 でも、目の前にいる彼が死んだことをわかっているのに会えているのはどうしてだ、と、おもいつくべきではなかったことを思いついてしまったせいで、背筋に水が垂れたような感覚があった。抱きしめられたまま見あげ、彼の顔を見つめる。堂々と見つめ返してくる顔は笑んでいたが、目の奥に、何かを探るような気配が見えたせいで、確信してしまった。

 …違う人だ。

 あなたって、本物じゃないですよね、そっくりさんですか?そう聞くと、彼は笑んだ顔のままそうだと頷いた。ファンの方に会って気づくのかどうかという企画でした、と説明された。ドッキリってやつ。でもショックは受けなかった。そうだよね、と納得した。いるわけないんだもの。

だけど、死んだことを知っていなければ気づかなかったと思う。それくらいそっくりだったんだけど、笑んだ時の顔の丸みだとか、鼻の形だとかが、微妙に違っていたこと、雰囲気もやっぱり違っていたことが後から後からわかっていって、最終的に目の前にいるこの人は全く別の人になっていた。革ジャンの匂いはもうしなかった。抱きしめられている感覚も冷え切っていた。離れてみれば他人も他人、スクリーンで見ていた威厳のある存在では無い、普通の人だった。

 それでも、会いたかった人に会えた、という気持ちは満たされたのだった。なぜなら、この世界は夢で、夢だからこそ偽物は本物にすることができるが、夢の中でも彼が亡くなっている事実は変えることはできず、そこに気づいた私が、本物を偽物に変えてしまったのだと思う。唯一、涙だけが純粋な本物だったんだなぁとぼんやり思った。このところ同じようなことを何度も思い直している。

その後二度寝、三度寝を30分ずつくらいやってしまい、その度違う夢を見て、なんでもありだった。内容は割愛するけど、夢日記書けるくらいには毎回濃厚。

本を読んでいる時に、この物語はほんとうに誰かの人生でもあれば、誰かの夢でもあるかもしれない、と思ったときがあって、あれはどの本を読んだ時にそう思ったのだろう、忘れてしまったな、根拠はないけれどそう思ったことがあったな、ってくらい。


 実は今日あまりにも忙しくて本を読む暇がなく、かといって勉強はしていたのだけど、リラックスができないままにこの時間になっている。眠る他ないような気もする。カラマーゾフをちびちび読もうかね。最近カラマ読んでたら熱が出る(ような体感がある)んだけどなんだろう、オーバーヒートしてるのだろうか。あついぜ。いろいろ。


もう眠る人はおやすみなさい、良い夢を見てね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?