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魚津・滑川フライング旅【富山8月】


 富山県地域ものがたるアンバサダーの奥田晃生です。8月は立山で公開講座があるにも関わらず、ずーっと行きたかった魚津、そして滑川にフライング訪問してきました!
 6月、7月の砺波、南砺エリアとはまた違った魅力や人に出会うことができた率直な気持ちを文字に起こしてみます。(初投稿)

魚津編

あいの風とやま鉄道線 魚津駅

私と魚津の出会い

 私が「魚津」という地名を知ったのは今から13年くらい前の小学生の時。大阪駅からJR京都線京都行の普通列車に乗って窓の外を眺めていると、ちょうど大阪駅を同時発車したサンダーバードと並走する格好になり、ふと目を向けると行先表示のところに『魚津』。サンダーバードが金沢や富山に行く特急だということは知っていたけれど、知らない地名だったからか「魚」という文字が入った駅名が衝撃的だったのかとても興味を持ち、家に帰ってすぐに時刻表で魚津の場所を探してみると富山よりも先!その瞬間から魚津という駅、場所には生きてるうちには絶対行こうと決意したことが思い出されます。そんな日から10年以上、2022年8月26日午後0時31分、念願の魚津に到着しました。

魚津駅前観光案内所

観光案内所とレンタサイクル

 当日の魚津の天気は今にも雨が降りそうなくもり。事前にクルーの方などに行ってみる場所等の情報はいただいていたので、その情報をもとに魚津をまわるルートを観光協会の方と一緒に考えました。東山円筒分水槽、埋没林博物館、魚津水族館などなど。そのあと滑川へ行くことも考えるととてもタイトスケジュール(汗)、、
結局、
  魚津駅→東山円筒分水槽→魚津駅 レンタサイクル
  魚津駅→埋没林博物館→魚津水族館→(滑川) バス
というルートを組み立てたんですが、観光協会の方も私も1時間勘違いしていて、埋没林博物館は行かないことになりました(泣)、、反省、、
と、まあ今になっては少し笑える話もありまして、魚津のタビ、スタートしました。

東山円筒分水槽

 魚津駅から山に向かってレンタサイクルで15分~20分ほど、途中大雨にぶち当たりながらたどりついたのが、東山円筒分水槽です。

円筒分水槽の説明

 簡単に説明すると、この施設は農業用水を地区の3つの用水路に公平に分配するための設備です。この東山円筒分水槽は、周辺の景観と相まって”日本一美しい分水槽”と評されています。
 実際に分水槽から水が流れているのを見ると、止まることのない大量の水とその背景にある付近一面に広がる水田の緑がとても映え、流れていく水の音・心地よい風とセットになって心が癒されました。

東山円筒分水槽

魚津水族館

 魚津駅に戻って、レンタサイクルを借りて今度はバスで20分ほど。魚津水族館に向かいました🚌。アポが直前となってしまったこともあって、名物館長には会えず、、
けれども、当日は飼育係長の方が丁寧に案内してくれ、富山湾についての地形や河川の特徴など、新たな発見が目白押しでした◎

魚津水族館

 魚津水族館は現存する水族館の中では最古の水族館で、全面アクリル製の水中トンネルは日本で初めて設置されたとのこと!

水中トンネル(魚津水族館HPより)

 館内のレイアウトも工夫されていて、入口を入ってから順に河川の上流部分→中流部分→河口部分→海というようにストーリー性が与えられ、水の流れを感じるような空間でした!
 私が印象に残った話が富山県の東部と西部では陸も海も地形が異なり、河川の勾配も大きく違うことです。なんと、東部では急勾配の川が多く、夏場は干上がってしまうそうです!!そんなこともあって、生物種も東部と西部で異なるのですね。

富山湾に生息するアマモ

 上の画像はアマモと呼ばれる海’草’です。海の中の植物。そんなものもいるんだなぁ。その他にも、生物種的には異なるにも関わらず、富山エビは東京に出ると流通のために「ボタンエビ」に名前を変えることなど限りある時間の中で新たな知識、驚きをいただきました!
 もっともっとお話を聞きたかったのですが、バスの時間もあってここで魚津をいったん引き上げ。台風のように駆け巡った3時間強。絶対また来る。そう思いをおいて滑川へ~

滑川編

 

滑川市を一望(左は今回一緒に魚津、滑川を訪問したパクくん)

 魚津市の魚津水族館からバスで10分ちょい、滑川市のホタルイカミュージアム前でばいにゃこ村の樋口さんと待ち合わせ。ばいにゃこ村ってなに?って絶対なると思うけれども詳細は以下で↓ ↓

瀬羽町まちあるき

 そんなこんなでばいにゃこ村の樋口さんに案内いただいたのが、かつての北陸道の宿場町としての滑川の中心地である瀬羽町というエリア。

瀬羽町の通り

 江戸時代は栄えた町だったというが、現在は歩いている人も少なく、道の両側には空き家や空き店舗が目立つ。さらに特徴として、建物の多くが建て替えをされていて、江戸時代の建物はポツンポツン、面影がほとんど昭和って感じになっていました。樋口さんとも昭和やねぇっていう話をしていました。
 しかし、その中にも旧宮崎酒造の酒蔵や建物といった昔から残っているもの、トタンの建物の間口だけコンクリートで固めたつくりをしたアメカというハンモックカフェなど人が集まれる場所(集まる要素を含んでいる場所)は随所にあるやんっていうのがまちを歩いていて大きく感じたことでした。まだまだ可能性を秘めた瀬羽町、樋口さんたちが尽力されている中で、なんとか私たちアンバサダーも携わって良い方向へと持っていけないかなぁ~なんて思っています!

旧宮崎酒造の中を散策(右がばいにゃこ村樋口さん)
hannmokkukafeアメカの外観

滑川の「人」、「楽しむ」ということ

 そんな感じでせかせかとまちをまわってきて、気づけば夕暮れ。雲で夕焼けはきれいに見えなかったけど、滑川市の副市長が登場!

右端:柿沢副市長、中央右:パクくん、左端:ばいにゃこ樋口さん

 お二人からいろんな話が聞けました!地域やまちを元気に、活発にしていくカギは「人」なんだと。人が人を呼び人で繋がっていく世界。そのためには地域で活動している「人」のファンになってもらう。これこそが資源。その地に「人」がいるだけで希望があると。もうひとつのカギは「楽しむ」ということ。そしてこれは利己的ではなくという意味で。楽しいことをしている人は良い人であり、楽しいことは続き、楽しむことの基礎として社会性がある。また、自分が楽しいことは誰にとっても楽しいこと。つまり、「自分が楽しく・周りが楽しく」。そう笑顔で楽しそうにお話しされているお二人はとても輝いて見えました!
 県外から移住してきた樋口さんに行政の立場の柿沢副市長。お話からも分かったけれど、お互いに理解し合い、一緒になって地域の未来を考え、強い思いを持って、周囲に感謝しながら、日々活動されていることがよくわかりました。
「滑川は伸びしろと関わりしろのまち」、そう笑顔で語ってくれたお二人の気持ちは今でもしっかり私の中にある。

 残りのアンバサダー活動は9月10月11月。たくさんのことを吸収して、地域に少しでもお役に立てるように活動してまいります!



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