CAさんアンビリーバボーatビジネスクラス
おおごとにしたくなかったのに、結果的におおごとになってしまった。そんな経験、誰にでもあるのではないだろうか。
僕は最近、そういう出来事を経験した。
駐在からの帰国時、ある外資系の航空会社のフライトで帰ることになった。
ビジネスクラスである。
出張やら旅行やらで飛行機に乗ることが多いのだが、数回に一回はビジネスクラスに乗ることがある。
やはり、ビジネスクラスは良い。
CAさんのアテンドの質が高いし、席が広々として快適だし、ドリンクもフードもオプション豊富で好きなタイミングで好きなだけ頼めるというのも素晴らしい。
ちなみに、僕は飛行機では、沢山食べる。
下手したら、地上の倍以上の量を食べているかもしれない。
フライト中は、なんだか食欲が止まらないのである。
機内で大食い選手権をしたら、誰も僕に勝てまい。
搭乗後に一つ嬉しいサプライズだったのが、日本人のCAさんが一人いたこと。
外資系の航空会社で、発着地に日本が絡まない便だと、日本人スタッフに遭遇するのはかなり珍しい。今回は中南米から経由地のヨーロッパまでのフライトだったので、CAさんは全員外国人だと思っていたのである。
CAさんに限らず、いないだろうと思っていたところに日本人を見つけると、やけにテンションが上がる。
そのCAさんは、30代後半くらいだろうか。
芸能人のアンミカさんに似ていた。
顔立ちがくっきりしていて、笑顔の似合う女性だった。
さて、ビジネスクラスでの食事である。
離陸して安定飛行に入るやいなや、嫁と僕はシャンパン片手に、チーズをつまみ始めようとしていた。
なんて贅沢なひとときだろうか。
すると突然、嫁が驚いたような声を上げたかと思うと、続けて小声でこう言った。
「虫だ」
そう、虫である。
確かによく見ると、チーズの小皿に、ごく小さな蟻のような虫がいた。
その虫は本当に小さくて、目を細めないと見れないレベルではあったが、たしかに存在した。
嫁は普段から、異常なスピードで、虫を見つけ出す。
今回の件も、高精度虫センサーを体内に内蔵している嫁からすれば、「こんなんすぐわかったやん」(©️ミルクボーイ)である。
その極小の虫は、チーズに乗ったりチーズから降りたり、忙しなくチーズのお皿中をトコトコと歩いていた。
嫁も僕も、虫が苦手なタイプだ。
僕らは2人でその虫を凝視して、顔面を強張らせていた。
こうなると、この虫が触れたチーズはもう食べられない。
でも、チーズは食べたい。
よし、お皿ごと、CAさんに取り替えてもらおう。
CAさんを呼ぼうとすると、嫁が僕の耳元でこう囁いた。
「CAさんには、虫がいたこととお皿を取り替えてほしいことをこっそり伝えてね。こっそりだよ。大きい声出すと周りも気にしちゃうから。とにかく問題を大きくしないこと」
僕は心から共感し、深く頷いた。
そう、それがマナーというものだ。
もし他の乗客にも虫のことが伝わって「この機内では虫入りの食事が出るのではないか」という疑念を皆が抱き始めたら、それこそ結構な問題になってしまう。
この件は、チーズをお皿ごと取り替えてもらえれば、それで解決なのだ。
ビジネスクラスの乗客として、仰々しい立ち振る舞いは避け、こんな些細な問題はスマートにサクッと解決したいものである。
CAさんを呼ぶと、あのアンミカさん似の例の日本人女性がやってきた。
僕は嫁に言われた通り、そのCAさんに、チーズのお皿に虫がいたことと、新しいものに取り替えてほしいことを、小声でこっそりと伝えた。
それに対するCAさんの回答に、僕は耳を疑った。
CA「え! む、虫ですかっ!!?」
CAさんは、叫んだのである。
しかも、一度だけではない。
CAさんは、叫び続けた。
CA「す、すみません!しかもこの虫生きてますね!! 空の上なのに…!」
CAさんは、止まらない。
CA「虫がいてごめんなさいッ! お詫び申し上げます!!」
CAさんの声がデカ過ぎて、我々の体もびくっと反応し、その反動で虫がいた皿ごと吹っ飛ばしてしまいそうなぐらいだった。
その声量は、周辺の座席どころか、ビジネスクラスを飛び越えてファーストクラスのエリアにも届かんばかりの迫力だった。
もう、台無しである。
それにしても、場の空気が一気に変わったというか、食事の場における「虫」ワードの威力は、凄まじいものがある。
周りに複数名いた日本人客は、何を思っていただろうか。
CAさんがここまで取り乱すということは、僕らもヤバいクレーマーだと周りからは見えていたのではないだろうか。
僕らはクレームをぶつけたかったのではなく、チーズをこっそり取り替えてほしかっただけなのに。
いろんなことを心配したが、結局その後特にトラブルは起こらなかったし、周りの乗客たちもガンガン食事をとっていたので、たぶん大丈夫だったのだと思う。
CAさんともその後は仲良く落ち着いてお喋りすることができて、一件落着だった。
ふと思ったのだが、いつか昆虫食が当たり前の世の中になったら、飛行機で虫を食べる日も来るのだろうか。
僕は今のところ昆虫食に立ち向かえる気がしないのだが、それは地上での話。
フライト中は信じられないほどの食欲が湧く人間なので、空の旅でならコオロギ100匹くらい朝飯前かもしれない。
おわり
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