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根っこからいけ

数年前。ある先輩社員と、互いに妻帯同で、4人でご飯を食べに行ったときのこと。

先輩社員の奥さんは、黒髪ロングの美人さん。
おしとやかで言葉遣いも丁寧、それはもう、育ちの良い女性だった。

先輩と奥様は夫婦仲が良く、喧嘩もしないとのこと。
先輩はやや破天荒なキャラだが、うまくいっているということは、奥様がよほど器の大きい人格者なのだろう。

でもひとつだけ、奥様の印象が変わる興味深いエピソードがあった。


先輩は朝が苦手らしく、目覚まし時計が鳴っても一発では起きられないらしい。

目覚ましが鳴ると、先輩はその目覚まし音を一旦止めて、また眠りにつく。
目覚まし時計にはスヌーズ機能があるため、その目覚ましは5分後にまた鳴る。
先輩はスヌーズ機能によるその目覚まし音を止めて、また眠りにつく。

5分後に目覚ましがまた鳴る。
止める。
寝る。
また鳴る。
止める。
寝る。
また鳴る。

こんな具合らしい。

そんな日常が繰り返されていたのだが、ある朝、隣で寝ていた奥様が目を瞑ったまま、こう呟いた。

「根っこからいけ…」

奥様のその声を聞いて、ウトウト気味の先輩は最初、奥様が突然寝ぼけて無意識に変なことを言い出したのだと思ったらしい。

しかし、その言葉ははっきりと繰り返された。

「根っこからいけぇ……根っこからいけぇぇ……」

奥様は、寝ぼけてなどいなかった。

奥様は旦那に向かって、静かに、けれど確かな怒気を込めて、呪文のように、「根っこからいけ」と唱え続けた。

目覚ましが何回鳴っても起き上がらない旦那に対し、奥様は隣でずっとイラ立っていたのだ。

「根っこからいけ」とは、「大元から目覚まし時計を止めて、スヌーズを起動させるな。その目覚まし時計を二度と鳴らないようにしろ。そしてとっとと起きろ」という、怒りのメッセージを凝縮したものである。

この話を聞いたとき、嫁と僕は思わず笑った。
とてもじゃないが、先輩の奥様は「根っこからいけ」と言いそうな人には見えず、そのギャップが面白かった。
あと何より、「根っこからいけ」というフレーズが、不思議と心地よかった。
この話を聞いてから、僕ら夫婦の間でも「根っこからいけ」を時々使わせてもらっている。

あなたは、根っこからいってますか?
目覚まし時計が鳴ったら、一発でそいつの根っこを止めて、すぐに起きてますか?

僕はといえば、日頃なるべく根っこからいくように心掛けているが、誘惑に負ける日も結構ある。二日酔いの朝は、大体負けている。「あと5分」「あと10分」と甘え、スヌーズ機能に頼るのだ。

ちなみに、僕はスマホの目覚まし機能と置き時計の目覚まし機能を併用している。スマホだけだと不安なのだ。

10年以上にも渡って愛用している目覚まし機能付き置き時計は、一旦鳴り出すと徐々に音がデカくなっていく代物で、放置しておくと最後には防災ベル並みの音が出る。
それはもう信じられない音量で、余裕で家の外にも鳴り響くレベルである。
目覚まし時計をちゃんと止めたつもりになって、優雅に朝のシャワーを浴びているときに、実はスヌーズ機能が発動していて、大音量の目覚ましを浴室で聞いたときの絶望感ったらない。

二度寝を続けてしまうスヌーズの弊害もあれば、このように、せっかく一発で起きたのに根っこから止めなかったことによる騒音被害を食らうパターンもある。
そういうわけで、根っこからしっかり目覚ましを止めるのは、騒音生成機を抱える僕にとっては、とても大事なことである。


考えてみると、あの奥様のパワーワードは、何も朝の目覚ましだけに限らず、人類にとって普遍的な教訓が含まれているようにも思う。

あの言葉は、問題への正しい向き合い方を教えてくれているのだ。

あなたが何か問題に直面したとき、根本の原因に気付いているのに、応急処置だけ施してその問題を先送りにしてしまいそうになったとき、自分自身に向けてこう語りかけてみてほしい。

根っこからいけ。



おわり

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