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ホウカイ 第三話 【創作大賞2024 漫画原作部門】



カナダに着いてすぐに、SNSの発信を始めた。

マメではない性格だからいつまで続くか分からないが、自分の存在を知って貰うのはこれからプラスに働くはずで、日々の日常やバンクーバーの風景を投稿している。

語学学校に通い始めて一ヶ月ほど経つと、英語の生活にも慣れ始めた。

カフェで注文も出来るようになったし、バスの乗り方もスーパーのセルフレジも、図書館で本を借りるのも緊張しなくなった。

その日、学校から帰ってインスタをチェックしていると、秋山祐飛ゆうひからメッセージが着ていた。

秋山は高校三年間同じクラスだった男子で、小さくひょろっとした体型の生徒だった。

頭が良くて、奏羽よりも東大に近い成績だったのだが、東大に進んだという話は聞いていない。

『久しぶり。突然のメッセージ失礼するよ。ワタシは今、UBCに通っています。君もバンクーバーにいると知って嬉しく思ってる。良かったら、どこかで会わないかい?』

初めて会った時から、少し変わった話し方をする奴だと思っていた。

人の事は“君”と呼び、自分の事は“ワタシ”と言う。

秋山とはよく図書館で会った。

いつも難しそうな本を読んでいて、勉強をしている姿は見た事がない。

それでも常に成績は上位にいたし、おまけにUBCに通っているというのだから、おそらく地頭が良いに違いない。

『久しぶり!UBCに通えるって色々すごいな!もちろん、ぜひ会おうぜ』

大学では花房と、留学先では秋山と会えるなんて、自分はラッキーだなと思う。

秋山からは『明日の夕方は?』とすぐに返事がきた。

『OK。五時に図書館で』

ダウンタウンにある大きな公立図書館は、いつでも人が多いが、混雑はしていない。
広い館内なので、ゆとりを持って過ごす事が出来る素晴らしい場所だ。

高校時代に二人を繋げた図書館という場所は、再会するにあたって相応しい所だと思えた。


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「やぁ、変わらないね。元気そうだ」

一言目にそう言った秋山も、二年前と全く変わっていない。

「秋山も元気か?顔色良いな」

「分かるかい?ワタシはね、日本にいた時より素敵な日々を送っているんだ。なにせ、牛ヶ野がいないからね」

秋山の口から、その名前が出るとは驚きだった。

「牛ヶ野になにかされてたのか?」

「蹴られたり、殴られたりね。弱い人間は得てして、自分より弱いと決めた相手へ暴力を振るうのだよ。弱い自分を認めたくないからね」

確かに、秋山は力では牛ヶ野に勝てないだろう。
しかし、誰もその虐めに気付いていなかったと言う事は、陰で虐めていたのだ。

真野のように、休みの日に呼び出されていたのかもしれない。

虐めは、知らなかったでは済まされない。

真野を助けられなかったあの日の自分も、秋山が殴られてた事を知らなかった自分も、牛ヶ野と同じだ。

「ごめん」

許しを乞うつもりはない。
すぐ側にいた敵を倒せなかった自分が情けなかった。

「君が謝る事ではないさ。牛ヶ野に謝って欲しいよ」

「そうだよな」

「それにしても、なぜバンクーバーへ?君は東大に進んだはずではなかったかい?」

「あぁ。今休学して留学してるんだ」

「そうだったのか。それは、結構な事だね」

「いや秋山の方がすげぇよ。UBCって言ったらカナダでトップ三に入る名門校じゃん。学費も高いし、学力…はまぁ大丈夫そうだけど」

「奨学金が出るのさ。ドイツと迷ったんだが、英語の方が授業を受けやすいからこちらにしたのだよ」

「将来は…何になるんだ?」

「進路希望には研究者と書いた」

「お前なら何にでもなれるよ」

「それは、褒め言葉かい?」

「もちろん」

秋山は嬉しそうに肩を揺らした。コーヒーを一口飲み、訪ねる。

「牛ヶ野の進路を知っているかい?」

「知らないな」

あいつも、良く言えば“何にでもなれる奴”だ。
親が金さえ払えば、どこにでも就職可能だろう。

「君と同じ、総理大臣だよ」

「え?」

「卒業の手前で進路希望を変えたそうだ。自慢気に言ってきたから、君にはなれないよと伝えたら殴られた」

「そんな…」

「牛ヶ野は親戚が強いから、放っておけば総理大臣になってしまうかもしれない。そうなったらどうなると思う?日本は終わるのさ。牛ヶ野が日本のトップになってしまったら、金やコネがない人間は人権も夢も自由も手に入らなくなるよ。自由、平等、博愛の精神は彼にはないからね。おまけにワタシは彼に個人的な恨みがある。だから君が、総理大臣になってくれないかい?」

他人から「総理大臣になれ」と言われたのは、これで何度目だろう。

自分の為に目指していた目標が、どんどん広がりみんなとの目標になっていく。

大きなプレッシャーもあるが、同時に、自分にはこんなにも心強い味方がいてくれるのだと、嬉しくもある。

「俺は、なれると思うか?」

その質問に、秋山は「もちろん」と答えた。

「なんで、そう思うんだ?」

「なぜと言われても…まぁワタシは未来が見えるからね」

「真面目に答えろよ」

「大真面目さ。ワタシが君の味方なんだよ?」

「それはありがたい」

「君の為になる事があれば協力するよ。例え、ルールを破ってでもね」

「マナーは守れよ」

「素敵な返しだね。心に留めておくよ」

その後、思い出話や互いの学校生活などの会話が盛り上がり、気付けば閉館の時間になっていた。

「また会おう」

そう言って反対方向のバス停へ向かって行く。
ダウンタウンの夜は明るい。高層ビルの明かりが、道行く人たちを照らしている。
この地で、秋山に会えて良かったと心から思った。


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留学中に始めたSNSは、現地で出来た友達や、海外に興味がある人からのフォローでフォロワーが千人を超えていた。

半年の語学学校生活が終わり、ワーキングホリデービザに切り替えて一年間地元のパン屋さんで働いた。

カナダはチップ制度があるので、サービス業は結構稼げる。

チップだけで生活を賄い、給料は全て貯金に回した。

「来週帰国するんだ」

「そうか、早かったね。ここでの生活は楽しかったかい?」

「うん。貧乏生活で大変な事もあったけど、秋山とも会えたし英語も話せるようになったから良かったよ」

無事に大学の単位を取り終え、ドイツの研究室での就職が決まった秋山のお祝いをしに、地元で人気の日本食レストランに来ていた。

「君は大学へ、あと二年通えるんだね」

「その分みんなより少し遅れちゃうけどな」

「ワタシたちはまだ若い。多少の遅れはそこまで不利にならないさ。それに、議員になるにはまだ年齢を満たしてない」

「そうだな。その間、必死に勉強するよ」

二人とも二十歳を超えたが、酒はめっぽう弱い。
コーラとお茶での乾杯なのに、お茶しか飲んでいない秋山の顔は段々と赤くなっていくのが不思議だった。

帰り道、少し散歩しようと言うのでイングリッシュベイを歩く事にした。

十月のバンクーバーは寒い。
海辺は穏やかな風が吹いていて、冷たい空気が頬に当たる。

「あと半年もすれば、みんなの進路が決まる。花房さんと大学内で会う事はあるのかい?」

「あぁ、本当にたまにだけど。見かける時は食堂でゆで卵食べてるよ」

「そうか。彼女は、なんと言うか…特殊な人物だね。ただの変わり者で済ませられない人だ。きっと、人知れず悩み事があるのだろう」

「悩み事か…」

大小はあるが、この世のほとんどの人間が悩みを抱えながら生きている。

悩みがないのは、産まれた瞬間か、死んだその後だけだ。

「元クラスメイトとして、彼女に何かあった時には助けてあげて欲しい」

「なんで秋山が花房を気にするんだ?」

「花房さんは、遠い親戚さ。彼女は知らないだろうけどね。うちの家系には珍しく、誰とも交流を持たない家族だから」

早口で話すのは秋山の癖だが、滑舌が良いので言葉がはっきりと聞こえてくる。

「花房は、何か困ってるのか?」

「進路に医者と書いたそうだね。だけど、うちの家系に医者はいない。いや、花房さんの父親が医者なんだけども」

「何も変な事はないぞ」

「まぁ、ワタシも詳しく聞いた訳ではないから確かではないのだが…」

そこまで言って、海の方に体を向けた。
言い悩んでいるのだろう。二人の間に、沈黙が流れる。

「どうやら、医者という立場を利用したい誰かにコントロールされているのではないかと、祖父が言っていた」

「誰かって?」

「具体的な名前は聞いていない。だが、牛ヶ野の父親が絡んでいるのではないかと、ワタシは考えている」

また、あいつか。
忘れたい存在なのに、忘れられない。

「花房もその為に医者になるのか?」

「さぁ…何の為にかは本人のみぞ知る、さ。純粋に父親に憧れたかもしれないし、父親に強制されたかもしれない。いずれにせよ、もし牛ヶ野が彼女を苦しめるようなら助けてあげてくれ」

「分かった。俺も花房と色々話してみる」

「ワタシが言った言葉を覚えているかい?」

「花房を助けるって?」

「それではなく、君の味方だと言った事さ」

「あぁ」

「大事な事だからもう一度言うよ。本当に必要ならばルールを破ってでも、協力する」

強く、真っ直ぐな目だった。
秋山の言う“ルール”が何かは、今は分からないが、その約束が果たされる時、同時に牛ヶ野親子を倒したい。

「マナーは守れよな」

顔を見合わせて笑う。
次に再会する時は、互いに「変わったな」と言い合いたいと思った。



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無事に復学してから三ヶ月後には、ほとんどの学生が進路を決めていた。

廿日はIT企業への就職が決まっており、圭太は出版社でバイトを続けながら漫画を描くそうだ。

しかし、近田からは一言『ダメだった』というメールだけが届いた。

そしてそれ以降、連絡は返ってこなかった。


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