FUDO-KI
今は古代。何かが起きる時代。国が起こる時代。
〈前回までのあらすじ〉
主人公の百千武主実(ももちむすび)は、佐々仍利(ささじょうり)や八女麻亜呂(やめまあろ)らと戦闘訓練を積んでいた。そこへ近隣の村に賊が襲来したとの知らせが入る。仍利の父である猛将 佐々孟利(ささもうり)は討伐隊を編成して村へ向かう。村では金品を略奪していた賊と戦闘になったが、制圧に成功した。その後、西山郷で不穏な動きがあると情報が入る。武主実と仍利は傷も癒えぬまま調査に向かうことになった。新しい郷の主について調べていると、国王の遣いの一団がやってきて…。
~第6話 郷の主~
仍利は近づいて来た男にハッとした。
「あ、あんたは佐田阿是彦…!?」
強面の男は顔を鼻がつくほど近づけた。
「仍ー利ー。口のきき方を知らねーなー。」
仍利はゾクッとしてそれ以上言えなかった。
男は佐田阿是彦(さた あぜひこ)。麦国の二蛇と呼ばれ恐れられている。国王の側近であり文官でありながら、武将も逃げ出す武力の持ち主。物凄い威圧を放っている。
「おい、デカいの。その刀を抜いたらぶっ殺すぞ。」刀に手をかけた武主実にも気づいていた。威圧で制したが、同じ国の軍隊である。何もなければ武主実も戦う意思はない。
「仍利。何でこんなところに紛れてんだ?」と言いながら、阿是彦はデカい武主実を見て何かを感じたようだ。
「ふーん。お前たちも片岡の調査か?…まあいい。ヤツのところに連れてってやるからウチの隊列に入れ。」
全てお見通しのようだ。仍利は、父の伴でこの恐い恐い阿是彦に会った時のことを少し思い出した。ゾクゾクは止まらないが、願ってもないチャンスである。武主実と仍利は隊に加わった。
片岡の屋敷に入ると、阿是彦と数人が奥の広間に通された。武主実も仍利も共に入った。そして井原殿も。え?井原殿?
「おい、じいさん何であんたまでいるんだ?」武主実も仍利も目玉が飛び出るくらい驚いた。
「こんなチャンスは滅多にないんじゃ。」
「いや、だからと言って…。」
と話しているうちに片岡太練(かたおかたねる)が現れた。
「よく、おいでくださいました佐田阿是彦様。この郷の主の片岡太練と申します。」
片岡は白一色の長い着物を着ている。天然パーマの髪はキレ長の目が隠れる程だ。隣には奥方であろう気品のある女性と、側近らしき男がいる。
「よー片岡。勝手なことぬかしてんじゃねーぞ。誰が郷の主って決めたんだ?」
佐田阿是彦は誰に対しても態度を変えない。
「郷の民でございます。」
「片岡ー。民の人気だけで政事が出来ないヤツが主なんかやると郷は潰れんだよ。」
「片岡様は政事も完璧でございます。」
片岡の側近らしき男が言った。
「おい。誰が口挟んでんだ?ぶっ殺すぞ。」
阿是彦の言葉に動揺はなかったが、片岡は話の矛先を変えようと本題に入った。
「この郷を治めますことを国王様にもお認めいただきたく存じます。」
「で?お前は誰の差し金だ?」阿是彦の方も核心をつく。
「私は麦国に根差す者にございます。」
その後も阿是彦と片岡の問答が続いた。話は平行線であるが、武主実も仍利もこの問答が、お互いの腹の探り合い裏の探り合いであることは理解できていた。
「良い連絡をお待ちしております。」
そのまま問答は終わった。
阿是彦の一行は片岡の屋敷から出て、離れたところで休息をとっていた。阿是彦は武主実や仍利、井原殿と話していた。
「で、何か収穫はあったか?」
井原殿は泣きじゃくっている。
「片岡様は素晴らしいお方ですじゃー。」
仍利は井原殿の背中を2回ポンポンと優しく叩いた。
「片岡は、井原殿が信頼してるように郷の民に人気があるのは真実だ。阿是彦殿に対し臆することもなく、頭の回転も速い。」
「仍ー利。口のききかたは良くなったようだな。」
「んーでも。オレは側近みたいなヤツが気になった。屋敷に入る前からこっちを観察していた。しかも歩く時に足音がしなかった。」
武主実の観察力に阿是彦は「へー」と少し感心して答えた。
「ヤツの名前は朱久那(しゅくな)。片岡が郷に来た頃に現れた。祭祀を行うようだが、調べてもそれ以上は素性が分からん。」
「朱久那か。それにしても片岡は計算高い。郷ごと隣国につく可能性がある以上、麦国としては片岡を郷の主と認めざるを得ない。あれだけ人気があると排除もできないからな。」
そう言う武主実を見て、鋭いヤツだなと思い阿是彦は尋ねた。
「デカいの。お前は何者だ?」
「オレは百千武主実。」
「ん?百千だと?どーりで。大江様の孫か。そうだとしても、お前は鬼の血が入ってるのか?」
「鬼?井原殿も言っていたが何の事だ?」
「あー?分かってないのか?うーん、わざと隠してるにしては目立ち過ぎだが…。まあ教えてやろう。鬼というのはマレビトの血を引く者のことだ。」
「浦様もマレビトと言っていたな。」
「お前、浦様にも会っているのか?まあいい。マレビトというのは遥か海の向こうから来た者たちで、デカい身体、ガラス玉のような目、高い鼻というのが特徴だ。多くの者の肌は青白く、日に当たると赤くなる。」
まさに武主実はその特徴通りだ。
「麦国には国の中枢に鬼の一団がいる。こいつらはともかく、言葉が通じない鬼たちは略奪して生きているヤツらがいるからな。そいつらは海賊以上に評判が悪い。そんな地域に行くと鬼は目の敵にされるぞ。」
仍利は今回の調査に際して、武主実が目立たたさないようにと指示されたことを思い出した。明らかに目立ち過ぎた行動になっていることを少し反省した。一方の武主実はどう受け止めて良いか分からなかった。
話をしていると阿是彦の部下が走ってきた。
「郷が山賊に急襲されています。どうやら以前に片岡が退治した山賊の残党のようで、数ヶ所からの同時進攻のようです。各所で片岡軍と戦闘になっています。」
さすが阿是彦配下の情報は早くて正確だ。
「嫌なタイミングだな。ウチが引き入れたと思われると厄介だ。片岡の屋敷に戻るぞ。仍利、武主実、お前たちもついてこい。」