セラムン二次創作小説『矢の如く射抜く(ジェダマズ)』



「お願いがございますの」


こちらの顔を真っ直ぐに見詰める瞳には、凛とした決意が轟々と炎の様に燃えているようだった。その瞳の中に映った俺は、戸惑いを隠せない姿をしている。


護衛の日では無いこの日、俺はいつもの様に空いた時間を使い、アーチェリーの鍛錬をしていた。

集中してはいたが、視界の端に何やら人影が映り込んで来た。普段なら気にもとめない。大抵王宮の下っ端の者共が多いからだ。そして大概恰幅のいい兵士を中心に男が多い。


しかし、この日は違っていた。華奢な、しかしとても力強いオーラを纏い、赤い戦闘服がとても映える女性ーーーセーラーマーズが来たからだ。


本来、月の王国の戦士たちは姫の護衛や余程の事がない限り、地球は愚か王宮にすら顔を出さない。

その上、セーラーマーズと言う人物はお堅い。何があっても規律を守る律儀さがある。

だからこそ、彼女がここに来る事に驚いてしまったのだ。


その彼女が、破ってでも俺に会いに来た理由ーーーお願いが何であれ、応えたい。力になりたい。戸惑いの中でそう決意した。


「貴女の頼みとあれば、何なりと」


どんな無茶振りでも、こうして俺を頼ってきてくれたんだ。単純に嬉しい。ここで男を上げたい。

彼女の決意にもそれなりの覚悟で答えなければならない。そう感じた。

お願い事をされるよりずっと前から、もう彼女の願いには何でも答えるのは決定事項だった。


「ありがとうございますわ、ジェダイト様」

「いえ、当たり前の事。で、お願いと言うのは?」

「ええ、貴方のそれを教えて頂きたいのですわ」


そう言って彼女が指差した先にある物は、弓矢だった。

そう、彼女が俺に教えて欲しい事、それはアーチェリー。


「アーチェリー……ですか?」

「ええ、貴方はこの王宮でも右に出る物がいない程の腕前でとてもお強いとお耳にしましたので」

「あ、ああ、まぁ……」


単純にセーラーマーズの口から“強い”との単語を聞き、照れてしまった。

確かに俺はマスターや四天王の中でアーチェリーは秀でていて、右に出る物はいない。それは謙遜せずに認めるよ。

しかし、戦いの戦士セーラーマーズに言われるとむず痒い。


「アーチェリーにご興味が?」

「ええ、以前に護衛に来た時にたまたま貴方が真剣に鍛錬している姿を拝見しましたの。遠くの獲物も仕留められる所に魅力を感じましたの」

「見られていたとは、お恥ずかしい。確かにアーチェリーは遠くの獲物を射るのに打って付けだ」

「より広範囲を守れるならプリンセスの役に立てると思いまして」


流石は戦いの戦士、セーラーマーズだ。

アーチェリーの習得の先にあるのはやはりプリンセスの存在。姫君の為に一つでも多くの技を習得し、いざと言う時に備える。

いつだって姫君の為に強さを求める。それが四守護戦士たる所以。


「教えて下さる?」

「ええ、勿論喜んで」


志の高さもそうだが、彼女に認められるチャンスだと感じた。“教えない”などという選択肢は持ち合わせてはいなかった。

それに、姫君を思うその真っ直ぐな精神力、アーチェリーは彼女にこそ相応しい技だと感じた。


「どうすればよろしいのかしら?」


早速俺は、マーズに弓矢を渡した。

初めての武器に何をすればいいのか戸惑っている。そんな彼女を見るのは新鮮だ。


「最初は俺を見ていて」


先ずはやはり百聞は一見にしかず。見て覚えて貰おうと考えた。


「こう、かしら?」


俺の構えを見て、彼女は見よう見まねでポーズをとる。

初めてにしては様になっている。やはり戦いの戦士、筋がいい。センスもある。


「ああ、そこから狙いたい獲物に焦点を当てて、矢を放つんだ」


彼女は、俺のアドバイスを聞いているのかどうかは分からないが、全神経を矢に集中させ、矢を放った。

凄まじい集中力だった。


「見事だよ、セーラーマーズ。初めてにしては上出来だ」


彼女が射た場所は、中心から外れてしまっていたものの射的に届いていた。力強く放たれたことは一目瞭然。

初めてだと大体射的にすら届かない。弧を描き、届かず途中で落ちてしまう。

姫君を守る四守護戦士の一人として選ばれ、戦いの戦士の称号を与えられているだけあり、日頃から恥じぬよう色々鍛錬している結果である事は明白だった。


「まだまだですわ」


しかし、彼女はこの結果に満足してはいないようで悔しがった。

志が高く負けず嫌い。守護戦士としてはいい事ではあるが、初めてなのだから喜んでもいいと思うのだが……。


「マーズ殿はプライドが高い」

「ジェダイト様こそ、負けず嫌いでは無くて?」


マーズにそう言われた通り、この後に放った矢は見事真ん中を貫いていた。

負けず嫌いとカッコつけたい一心だった。ここでカッコつけて出来る男として決めないと四天王の一人としてマスターの顔に泥を塗ることにもなる。

認めてくれたマーズにも示しがつかないからな。


「まぁ、これくらいは出来なくては王子の四天王として恥なのでね」


平静を装ってはいるが、ここまで来るのは容易では無かった。決して筋が良いとはいえなかったが、何とかマスターや四天王に認られたい一心で来る日も来る日も練習に明け暮れた。

百発百中になるまでに長い道程をかけていた。

しかし、あっさりと初心者に距離を詰められ、四天王の名が形無し。凄いと認めつつも内心焦っていた。


「もっと離れた所でもいけるさ」


マーズと同じ距離でやっていた俺は、今度はもう少し後ろに下がって矢を放った。


「お見事ですわ」


距離があっても真ん中を命中させていた。


「わたくしも」


そう言ってマーズも一歩後ろへと下がり、二投目を放った。


「ブラボー」


少し距離があったものの、やはり射的に刺さっていた。彼女の意志の強さと戦いのセンスはやはり抜群だ。


「まだまだですわ」


それでも彼女は満足せずに悔しがる。

そして、彼女の体力が限界を迎えるまで時間を忘れてアーチェリーを習得していた。

その集中力は凄まじく、彼女に睨まれた敵はきっと心の臓を貫かれ、死ぬ事間違いないだろう。


「今日はありがとうございました。また御付き合い下さると嬉しいですわ」

「俺でよければいつでも」


そんな彼女の姿を見た俺も、彼女のアーチェリーで心を貫かれていた。

百発百中の俺の矢。彼女のハートを貫ける日はいつになるのだろうか?

満足行くまで練習したマーズは、一言礼を言って帰って行った。来た時同様、凛とした姿で。


“また”その言葉を信じて俺は、気高きセーラーマーズの後ろ姿をずっと見送った。




おわり



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