セラムン二次創作小説『Memorial Day』

ハーバード大学の冬休みを利用し、衛は留学から一時帰国していた。

クリスマスにカウントダウン。年末年始のイベントを久しぶりにゆっくりと日本に戻り、うさぎと過ごした。

そしてもう一つ。衛にとって一大イベントがこの日、控えていた。ーーー成人式だ。

着物の着付けのために衛は朝からうさぎの家へと来ていた。うさぎの母である育子に着付けてもらうためだ。


「よし、出来たわ!」

「ありがとうございます」

「良いのよ。元わといえば私の我儘に付き合わせているんですもの」


袴を着て成人式に出席して欲しい。そう言い出したのは育子の提案だった。

留学中の衛は、成人式に出ること自体興味が無く、日本には帰らずにアメリカに留まろうと考えていた。

しかし、それを見透かしたように育子と謙之から押し切られる形で説得された。


「まもちゃん、二十歳になったでしょ?成人式には出るよね?」

「いや、着物も無いし……」

「ダメよ、衛くん!いくらアメリカ留学中だからって日本人の心を忘れちゃダメよ!」

「君の袴はこちらで用意したから帰って来なさい」

「久しぶりに衛さんと色々話したい」


ある日のうさぎとの国際電話で、月野家が全員集合して成人式に帰ってくる様凄い剣幕で説得された。

成人式と言うのは名目で、うさぎが寂しがっているから帰る口実を作ってくれたのだろうと衛は邪推していた。

勿論、衛とてうさぎと会いたい。亡き両親が残してくれた財産と保険金がいっぱいあるとはいえ、飛行機代等は高い。それを考えると何度も帰るという決断は、滅多な事が無い限り出来ない事だった。

しかし、それをクリア出来る成人式と言うイベントは衛にとって有難く、それならばと素直に乗っかることにした。

何よりうさぎだけでなく、月野家の面々にも久しぶりに会いたいと思っていた。


「わぁ~、袴姿のまもちゃんもかっこいい♪」

「そ、そうか?照れるなぁ……」


着付けが完了し、衛はリビングへと移動した。

そこで今か今かと衛の着物姿を待っていたうさぎに、袴姿を見せると目を輝かせて喜んでいた。衛にとって中々貴重な和装姿だ。


「ピッタリだったな」

「はい、ありがとうございます」


衛の袴姿を見た謙之は、丁度良いサイズ感であった事を確認してホッとしていた。


「袴姿の衛さんも、知的で理想的だなぁ」

「進悟くん、褒めすぎだよ」


進悟は、袴姿の衛に尊敬の眼差しで見ていた。


「衛くん、立派に成人を迎えられて良かったな」

「ええ、ご両親にも見せてあげたかったわ」

「そうだな。きっと天国で見ているさ」

「そうね。おふたり共喜んでいるわね」


衛が六歳の時、両親を交通事故で無くした。大事故で即死だったと言う。自身も死んでいてもおかしくは無かった。

けれど、記憶は無くしたが生かされた。それは、うさぎと出会い前世に成就出来なかった悲恋をやり直して今度こそ添い遂げるため。

その背景を育子や謙之は勿論知らない。事故だけではなく、戦士として幾度となく死と隣り合わせで危険な目にあってきた。

それだけに今、人一倍生きて成人を迎えている事に感慨深い。


「そうですね。二人にも見せたかったし、見て欲しかったです」

「まもちゃん……」

「成人式の後は二人で墓参りの予定よね?」

「はい、その予定です」

「じゃあ、ご両親によろしく伝えておいてくれ」

「勿論です」


この日の衛は忙しい。成人式に出た後は、うさぎと墓参りに行って、成人した報告を両親にする事にしていた。

二十歳になってから初めての両親の墓参り。誕生日であり、両親の命日の8月3日の夏休みは、論文が忙しく帰れなかったのだ。


「では、そろそろ式場へ向かいます」

「その前に、みんなで写真を撮ろう」


もう出掛けようとする衛をカメラと三脚を持って謙之は出発を阻止して来た。


「そうだよ。まもちゃんと二人で撮りたい!」

「やれやれ、仕方ないなぁ……」


写真を撮ると聞き、うさぎは衛の腕に笑顔で絡み付いた。その幸せそうな笑顔を見た謙之は、つい娘に甘くなってしまう。


「はい、チーズ」

「次はママね♪」

「え、ママも衛くんとツーショット希望?」

「ええ、美人に撮って頂戴ね?」

「ママはいつも美しいよ」

「まぁ、パパったら」


育子が喜ぶ言葉をよく知っている謙之。最高の笑顔を引き出した所で、二人を写真に収める。


「じゃあ、次は俺の番!」

「はぁ?進悟もか?」

「当たり前だろ!うさぎと母さんばかりずっちーよ。イケメンに撮ってくれよな」

「進悟は父さんに似て十分にイケメンだよ」

「ま、そーゆー事にしといてやるよ」


進悟を褒めつつ、自身もしっかりイケメンである事を主張する謙之に進悟は呆れ気味だ。


「さて、父さんと衛くんのツーショットも頼むよ、うさぎ」

「え、私?って、パパまでまもちゃんとツーショット希望?」

「何か文句でもあるか?家長であり、保護者で今回の立役者の父さんにだってツーショットを撮る権利くらいあるだろ」

「そうだけど……」


ぶつくさと不服を呟きながらもうさぎはカメラのシャッターを切る。

父親の笑顔と、自分に向けられた優しい衛の眼差しをカメラのレンズ越しに確認したうさぎは頬を赤らめて照れていたが、それを誰も知る由もなかった。


「ママ、衛くんの横に座って」

「え?スリーショット?」


うさぎとのツーショットから始まり、次から次へと衛と二人で撮りたがった四人。

それが終わると謙之と育子、そしてうさぎと進悟、謙之と進悟、育子とうさぎとスリーショットを撮っていき、当初撮りたかった家族写真を撮れたのはもう出発しないと式に間に合わないと言うギリギリの時だった。


「それでは、行ってまいります」

「行ってらっしゃい」

「また、いつでもここに帰ってきてね?私たちは衛くんの保護者なんだから。見守る義務があるし、ご両親ともそう約束しているんだから」

「はい、ありがとうございます」


育子の一言に、衛は目頭が熱くなるのを感じた。

うさぎと付き合ってからも感じていたが、自分はひとりじゃない。傍で支えてくれる人がいる。

うさぎの家族も、うさぎと同じでとても心が温かい人達だと。


「じゃあ、行って来んね♪」

「気を付けてね」


謙之達に見送られながら月野家を後にして、衛とうさぎは成人式に出る為に会場へと向かった。



***




それから一時間半後。成人式を無事終えた衛は、近くで暇つぶしをしていたうさぎと合流した。


「待たせたな」

「お疲れ様。それと、成人おめでとう、まもちゃん」


バタバタしてて言えてなくて今でごめんと言いながらうさぎは衛の成人を祝った。


「ありがとう、うさ。俺が今ここにこうしていられるのはうさのお陰だ」

「そんな、大袈裟だよ。まもちゃん自身が頑張ったからよ」


衛は、うさぎがここまで生かして導いてくれたのだと感じていた。

六歳で事故にあっても生きていた事も、敵と戦って何度死にかけて助かったのもうさぎのお陰だと思っていた。


「花、買ってくれたんだな」

「うん。やっぱりお墓参り行くのにお花が無いと寂しいでしょ?時間もたっぷりあったからゆっくり吟味して買えちゃった♪」


衛もだが、うさぎにとっても久しぶりの衛の両親の墓参り。決してウキウキする行事では無いものの、二人でまた行ける事がうさぎにとっては嬉しかった。

衛が式に出ている間、近くを探索しているといい感じの花屋があり、色々見て回った結果、お墓参り用に花束を作ってもらったのだ。


「じゃあ、行こうか」

「袴姿のままで大丈夫?」

「ああ、せっかくだからこの姿も見てほしいしな」

「まもちゃん……そうだね」


袴姿は着慣れないし動きにくい。気恥ずかしくて照れるが、やはり衛としてもこの姿を見て欲しいとの思いが勝っていた。

交通機関で向かうため人目を引くが、成人式は全国的な行事。着物を着た人がチラホラいる。そのお陰か、そこまで目立たない。衛は、その事に気づいてホッとする。


「到着、だな」

「久しぶり、だね」


電車をおり、徒歩で霊園へと向かい、到着する。

衛は、桶を取り水を入れ柄杓を手に取り地場家の墓へと向かう。


「父さん、母さん、会いに来たよ」


地場家の墓の前に着くと、衛は墓に向かって挨拶をした。


「ご無沙汰してます。恋人のうさぎです」


うさぎも後を追って、簡単に挨拶をする。


「今日は成人式に出席したんだ。うさのご両親のお陰で袴も着ることが出来たから、見て欲しくて大人になった姿を見せたくて来たよ」

「タキシードも似合っててかっこいいけど、袴姿も決まってて素敵でしょ?」

「ぅさ、褒めすぎだろ」

「本当の事だもん」


当然、返事などは返って来ない。それでも衛は、何処かで見ていてくれている。そんな気がした。


「お花も買ってきました。気に入って貰えると良いな♪」


そう言いながらうさぎはお花を入れる。


「今日はこんな格好だし寒いし、時間もないからお墓を綺麗に出来なくて申し訳ないけど、また必ず来るから」

「まもちゃんの代わりにまたお彼岸の頃に私が綺麗にしに来ますね」


留学中である為、しょっちゅう来られない衛の代わりにうさぎは衛がしていた事で自分が出来ることはしていこうと決めていた。

お墓もその内の一つで、節目には来るようにしていた。


水を入れ、線香をたてると二人は静かに手を合わせ、お墓に拝み始めた。


(父さん、母さん。俺、無事に成人を迎えたよ。あれから14年。あの時とは違って成長したから誰か分からないかもしれないな。二人にも生きて、この姿を見て欲しかった。

うさの両親のご好意でこうして今この姿でここに報告に来られたんだ。うさと同じで凄く良い人達で、良くしてもらってる。本当の子供、家族だと言ってくれてて。そのうさの両親からの伝言“宜しく”ってさ。

あれからも何度も死にかけたけど、俺はまだまだこの世に留まらなきゃいけない理由があるみたい。そっちに行くのはずっと先の未来になりそうだけど、気長に見守っててよ)


(まもちゃんのパパ、ママ。まもちゃん、無事大人になって成人式に出席しました。色んな姿を見てきたけど、袴姿もとっても様になってた素敵な大人の男性になってます。お空でこの姿を見てくれていると嬉しいな)


「さてうさ、そろそろ最終目的地へ行くか?」


拝み終わった衛は、同じタイミングで顔を上げたうさぎに話しかけた。


「もう良いの?」

「ああ、時間もないし、次きた時にゆっくりするよ」

「分かったわ。じゃあ行きましょう。まもちゃん、ゴールデンクリスタルは?」

「ああ、ちゃんと持ってきたぞ」


うさぎに確認され、衛はゴールデンクリスタルを袴の袖から出す。

うさぎは、衛の腕に自分の手を絡ませてピタリとくっ付く。それを確認すると、衛はゴールデンクリスタルを翳すと光に包まれる。



***




最終目的地であるエリュシオンへと二人は到着する。


「久しぶりだな」

「ここはあの時とずっと変わらず素敵ね」


前世で幾度と無く訪れた地。禁断の恋ではあったが、逢瀬の場の一つで二人にとって、思い出深い場所だった。


「プリンス?プリンセス?」


ゴールデンクリスタルの気配を感じ、啓示の間からエリオスが駆け付けてきた。


「御二人揃って、いかがされたのですか?」


何か事件でもあったのだろうかと、突然の二人の訪問にエリオスは目に見えて戸惑っていた。


「やぁ、エリオス。驚かせてすまない」

「プリンス、その変わったお姿は?」

「ああ、袴と言って成人した男性がこの日だけに着るものだ」

「セイジン?」

「大人になったって証なの」

「なるほど。地上では、色んな催しがあるのですね」


長くエリュシオンに引きこもっているエリオスは、ちびうさと同じくらいこの世界で当たり前の事を知らない。経験出来ていない。

地球の常識はエリュシオンでは非常識で、その為エリオスは相当な世間知らずだった。


「その姿で来られたと言う事は、何か理由がおありなのですか?」

「流石、感がいいな」

「エンディミオンにこの姿を見てもらいたくて」

「???」


うさぎの説明に、エリオスは何を言っているのかさっぱり理解出来ず、頭の上にクエスチョンマークが飛んだ。

天然な言動で何を言っているか時々理解できない事があるが、暫く見ない間に拍車がかかったとエリオスは失礼ながら思ってしまった。


「エンディミオン様なら衛様が生まれ変わりでは?」

「まぁそうなんだが。前世の俺に、と言う意味だ」

「前世のプリンス、ですか?」


衛から説明を受けるも、理解がキャパオーバーしてしまい、全く分からない様子。


「前世の俺は、大人になれずに死んでしまったんだ」

「だからね、無事大人になれたまもちゃんを、エンディミオンに見てもらいたいなって思ったの」

「なるほど、そういう事でしたか!」


最後まで説明されて、エリオスはやっと理解が出来た。

過去のエンディミオンは、地球人が月に攻めて行った戦いを止めようとして非業の死を遂げた。それがまだ大人になる前の出来事であるとはエリオスは今まで知らずに生きてきた。


「では、案内致します」


エリオスの機転に、今度は二人がクエスチョンマークを浮かべる番だった。今の話で、案内する場所があると言うのだろうかと。


「エリオス、一体何処へ」


二人の前を歩くエリオスは、啓示の間を通り過ぎ更に奥へと歩いて行く。

元々寂しいエリュシオンだが、案内された奥地は更に暗く寂しい場所だった。


「こちらです、プリンス、プリンセス」

「エリオス、ここは……?」


エリオスが立つそこには、石碑の様なものが一つ建っていた。


「エンディミオン様のお墓です」

「俺の、墓……」


まさか自身の墓が作られているとは知らなかった衛は、複雑な気持ちになる。自身の墓に手を合わせる日が来ようとは、思いもしなかった。


「ちゃんと、作られていたんだね」

「片時も忘れぬ様。そして、悲劇を繰り返さぬ様にと」

「そうだね。もう、あんな事は二度とゴメンだわ」

「エリオス、ずっと俺の墓を管理してくれて感謝するよ。そして、案内してくれてありがとう」

「いえ、私は私の役割を果たしているだけです」


エンディミオンと地球の無事を祈る事がエリオスの使命。真面目なエリオスは、あくまでもその使命の延長で果たしているだけだという。


「やっと、連れてくる事が出来て肩の荷が少し降りたような気がします」

「今まで守ってくれていてありがとう。これからは俺も来るから、気張らずエリオスの負担を減らしてくれ」

「痛み入ります」


衛の優しい言葉に、エリオスは胸がいっぱいになった。

自分のエゴで建てた墓で、連れて来た事も出過ぎた真似かと思ったが、労いの言葉をかけられてホッとし、胸のつかえが取れた気がした。


「拝みましょう」


まさかここに来ても拝む事になるとは。予想外の展開に戸惑いつつも、墓がなくとも縁の地でそうするつもりだったので、お墓に手を合わせられる幸せをかみ締めながら、うさぎと衛はまた手を合わせて拝み始めた。


(エンディミオン、俺は今日成人式を迎えたよ。

前世の俺はまだ大人にならず、セレニティを守って死んでしまったな。あの時の事は後悔なんてしていない。

セレニティを愛していたし、一緒になれないなら、将来が無いのなら生きていても仕方が無いと悲観していた。王国を継ぐ事もセレニティも諦められなかった。

でも、安心してくれ。こうして生まれ変わって、同じ地球、同じ身分でうさとまた出会い恋に落ちた。戦っていく中で、うさと一緒になりこの地球を治めている事、子供をもうけて幸せにしている事を知った。

前世の俺であるエンディミオン。あの時の判断、前世での全てのお前の決断は間違ってない。胸を張って眠ってくれ。

そして生まれ変わった俺は、セレニティの生まれ変わりであるうさをお前の意思も大切にしつつ、この命ある限り側にいて愛して行くと誓うよ。

だから安心して眠ってくれ。

またここに必ず来る!俺たちがいつまでも一緒にいられるよう、見守っていてくれ、エンディミオン)


(エンディミオン、お久しぶりです。セレニティの生まれ変わりのうさぎです。

あの時、貴方が私を置いて逝ってしまってとっても悲しくて、後を追って自害してしまった。

でも、こうして貴方の生まれ変わりのまもちゃんと出会ってまた恋をして、とっても幸せだよ。

あの時庇ってくれて、ありがとうって今なら素直にそう言えるわ。

エンディミオンに出会い、恋が出来たこと、貴方と過ごした事に後悔なんて全くしていないし、あの時の思い出はセレニティにとって輝く素敵な想い出。

これからはエンディミオンの生まれ変わりのまもちゃんと貴方とセレニティの代わりに幸せになるから、見守っていてくれると嬉しいな♪)


うさぎと衛は、募る想いを永遠とも思える程長い時間、しっかりと拝んでいた。

その横でエリオスは二人の様子を見ながら静かに見守っていた。


「エンディミオン……」


拝み終わったうさぎが、一言、昔の名を呼んだ。

それに答えるように、衛が拝み終わり顔を上げる。


「ここに、来られてよかった」

「連れて来てくれて、ありがとう」

「いえ、ちゃんと想いは伝えられましたか?」

「ああ、また来ると約束した」

「きっと、喜んでいると思いますよ」


エリュシオンと言う特別な地には何かなければ来られない。エリオスとも中々会う事は出来ない。

衛もエリオスも分かってはいても、やはり何処か寂しさはあるわけで。こうして口実が出来たことも、ここへ来た事の意義を見いだせたと感じていた。


「エリオス、今日は急な訪問にも関わらず快く歓迎、そしてエンディミオンの墓を案内してくれてありがとう」

「エンディミオンに手を合わせられて良かったわ」

「またいつでもお待ちしております。ここはあなた達のホームなのですから」


エリオスに例を言ってお別れを告げる。

きた時と同じように衛はゴールデンクリスタルを手に取り、うさぎは衛の腕に手を絡めてピタリとくっ付く。


うさぎの家へと戻ってきた二人は、袴を脱ぎ月野家で夕飯をみんなで食べた。


それから衛が自宅のマンションへと戻ってきたのは夜の9時過ぎだった。


この日衛は、大人になる事の尊さを噛み締めながら眠りについた。




***



翌日の午後、俺はうさと共に空港へと来ていた。留学先のケンブリッジに帰るためだ。


「うさ……」

「まもちゃん!待ってるから」


お別れの前に言わなくてはならないことがある。言い難い。曇った顔でうさに話しかけようとして、察したのか遮られてしまった。

いや、偶然かもしれない。どの道別れの瞬間は何も無くとも暗くなるのだから。


「うさ、聞いて欲しい」

「な、なに?」


うさの顔が若干強ばる。よからぬ事を言われる予感を感じ取っているのだろう。


「留学、一年延長しようと思ってる」

「え?う、そ……」


留学して半年以上が過ぎた。俺は、頑張って書いた論文が認められ、もっとアメリカで勉強しないかと教授から打診があった。

したい。もっとアメリカで学びたい。こんなチャンスは滅多にない。

ただ、やはり脳裏にはうさの事が気にかかった。

一時帰国したのはこの事があったからだった。育子ママたちの推しの強さもあったが、暫く帰れなくなる。うさとゆっくり過ごすのも難しくなると思ったからだ。


「もう、決まり……なの?」

「後一年!後一年だけ待っていて欲しい!それ以上の延長はしないから。頼む、うさ」

「まもちゃん……分かったわ。後一年だけだよ?」

「うさ!」


ショックを受けていたものの、強く説得すると許してくれた。いや、諦めたのだろう。

うさは優しい。俺の気持ちを優先してくれたんだろうな。


「じゃあ、行ってくる」

「電話、するから!」

「俺も連絡する。愛してる、うさ」

「私も大好きよ、まもちゃん」


熱い抱擁を交わし、俺は搭乗ゲートをくぐって飛行機に乗り、再びアメリカへと旅立った。




おわり


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